メタリカのメンバー全員が語る、新譜、気になる新人から故レミー・キルミスターまで

3. メタリカは「『ブラック・アルバム』の大成功の理由は?」という質問にうんざりしている

バンド名を冠した1991年のアルバムは、アメリカだけでも1600万枚以上を売り上げた。それから25年間経つ現在もこの記録は破られていない。しかしバンドは、この大成功の理由について聞かれるのはもう飽き飽きしている。「マネージャーのクリフ・バーンスタインによると、それは人間が成長する上で避けて通れない通過儀礼みたいなものだとさ。13歳でティーン・エイジャーになったといっても、それは単に青春時代の始まりに過ぎないのと同じさ。この手のサクセスストーリーを分析しても意味ないと思うよ。でもなぜか、太鼓を叩き続けるおもちゃの動物みたいに何度も何度も同じ話を蒸し返されるんだよな」と、ウルリッヒは嘆いた。

4. メタリカとファンとの間に境界線はない

メンバーそれぞれがこれまでに行った中で最も気味の悪い場所は? というスタジオ収録に参加したファンのひとりからの質問に対し、まずカーク・ハメットが驚くべきエピソードを披露した。「『ブラック・アルバム』が世に出た頃の話さ。俺がニューヨークのアップタウンにあるアパレルショップで試着していると、誰かがこっちへ近づいてくるのが見えた。その人は"ヘイ、カーク、元気かい?"って声をかけてきた。振り返ると何とブルース・スプリングスティーンだったんだ。それが俺にとって最も"気味の悪い"体験だった。何せブルース・スプリングスティーンが俺の名前を知ってたんだぜ」。そこへヘットフィールドが割り込む。「スプリングスティーンがお前の試着室へ入ってきたのか?」

次にトゥルージロが、スイサイダル・テンデンシーズでベースを弾いていた頃に歯医者で経験した話を始めた。歯医者がその場を離れ男の歯科衛生士に交代したが、どうやら彼はトゥルージロのファンだったらしい。「相手はマスクをしてたから目しか見えなかったんだけど、声だけは聞こえた。"スイサイダル、スイサイダル"って繰り返し囁いてるんだ。俺は治療イスに仰向けで奴を見上げる格好で、口には何か器具を突っ込まれてるし。その間ずっと奴は囁いてたんだ」。ここでもヘットフィールドが笑いながら茶々を入れた。「それはきっと助けを求める悲痛な叫びってやつだったんだよ」。

ウルリッヒは、ブラック・アルバム・ツアーのミュンヘンでのライブを振り返った。ライブ中、ステージ前のスネークピットにはウルリッヒが少年時代お気に入りだったディープ・パープルのメンバーがいた。「バックステージで彼らと喋って一緒にビールを飲めるなんて、本当に興奮したよ。ステージを終えて戻ると、イアン・ギランのメモが残されていた。"本当に素晴らしいステージだったよ。もう寝る時間を過ぎてしまった。家に帰って寝る前のミルク&クッキータイムだ"って書いてあった。その時まだ10:45ぐらいだったけど」。

そしてヘットフィールドは、トゥルージロと同じく医者関係だがあまり笑えない話を披露した。「ある時四輪バイクの事故に息子が巻き込まれてさ、俺は急いで病院へ駆けつけたんだ。息子が簡単な外科処置を受けている間、俺は近くに立って待っていた。すると息子を処置していた看護婦が手を止めて、振り返って言うんだ。"サインもらえます?"って。俺はムカっときて・・その後どうなったか想像つくだろ?」

Translation by Smokva Tokyo

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE