田中宗一郎と宇野維正が語る2017〜2018年の洋楽シーン前編

今は白人のティーンもラッパーに憧れてる。(宇野)

─まずはお二人にとって、2017年はどんな一年でしたか?

宇野 2017年の初頭に出たミーゴスの『Culture』とフューチャーの2枚が決定的でしたね。それ以降、すっかり普段聴いてる音楽の半分以上がラップになっちゃって。別にラップにはまったのは最近の話じゃなくて、それこそ80年代半ば、高校生のときにRun-DMCやL.L.クールJの初来日に足を運んで以来ずっと好きなんですけど、他にも好きな音楽が多すぎたから、同世代のヒップホップのミュージシャンやリスナーみたいなハマり方はしてこなかったんですよね。でも、聴いてる音楽の半分を超えた途端、完全にラップ耳になってしまうことが2017年よくわかったというか。今では、世界中それが当たり前になってますけど、そこに自分も加わってしまった(笑)。

田中 お待ちしておりました。ごめん、いきなり上からで(笑)。


ミーゴス

クエヴォ、テイクオフ、オフセットのアトランタ発MCトリオ。大ブレイクをもたらした先行シングル「Bad And Boujee」を追い風に、2ndアルバム『カルチャー』で全米1位を奪取。三連符フロウと隙間の多いグルーヴ、アドリブの掛け合い(+3人の見た目)でトラップの現在形をアピールした。さらに2018年1月には、収録時間106分の続編『カルチャーII』を発表。



宇野 だから、その勢いでLAにフューチャーとミーゴスのライブを観に行ったんです。その前日には新譜が出たばかりのフェニックスのライブも観たんですけけど、ずっとラップもロックも並行して聴いてきた自分は、そこで「あー、そういうことか」と肌で分かってしまって。

─というと?

宇野 フェニックスもフューチャーも、観客の中心は白人のティーンなんですね。まあ、フューチャーはさすがに半分くらいは黒人だったけど、チケット代も高いから黒人は大人が多くて、若いお客さんは大体白人の男の子。で、そうやって連日同じ街の同じ年代の観客の子たちを見てると、ステージに対する熱が全然違っていて。フェニックスに来ている白人の高校生はいいところのお坊ちゃんが友達とワイワイしている感じなんだけど、フューチャーに来ている子たちはみんなすっごい集中力で、リリックもほとんど全部合唱してる。今は白人のティーンの子たちもラッパーに憧れてるっていうのを、まざまざと見せつけられた。

田中 やっぱり現場での実感って大事ですよね。



フューチャー『Future』(左)、『HNDREXX』(右)
2月に2週連続リリースされると、両方で全米1位を達成。ヒット曲「Mask Off」を収録した『Future』はゲスト不在の硬派な作りで、ウィークエンドやリアーナが参加した『HNDREXX』はR&B色がやや強め。


フューチャーによる2016年のライブ映像

宇野 別にフェニックスが悪いわけじゃないけど、フロントアクトとして出てきたレモン・ツイッグスやマック・デマルコも含めて、インディ・ロックって裕福な白人のレクリエーションみたいなものになっていて。で、彼らにとってクラシック・ロックは親世代のものでしょ? 2017年を象徴するニュースとしてロックよりもヒップホップとR&Bのマーケットの方が大きくなったという正式アナウンス(ニールセン社)があったけど、それってまだ過渡期の真っ只中で、これからさらにそうなっていくのは間違いないなって。

田中 まずラップの話でいうと、去年の暮れ辺りに「ここ2年くらい海外からは数年遅れでサウス・ヒップホップに夢中になってる」って話を(宇野に)したでしょ? それって、ヘッズ的な視点ではなく、「これこそが今のレフトフィールドなポップなんだ!」って感じてたってことだと思うんですよ。で、その熱がちょっとだけ冷めちゃったのが2017年の夏以降だった。

宇野 その感覚はなんとなく共有できます。夏以降にリリースされたラップの作品にはちょっと停滞感がありますよね。

田中 振り返ると、自分の中では2014年はヤング・サグ、2015年はトラヴィス・スコットの年で、フューチャーの『DS2』が出たのもこの年。もちろん、当時のKOHHくんの存在は大きかったんだけど、何よりトラヴィス・スコットとカニエ・ウェストがプロデュースしたリアーナの「Bitch Better Have My Money」があまりに衝撃で。この時期からリスナーとしての自分のドライブがかかりだしたんですよ。「これはまったく意味がわかんない」というのが出発点。

で、当然、トラップですよね。そこから、アトランタのローカルな音楽だったトラップがメインストリームに広まったこととか、それ以前のシカゴのドリル・ミュージックの存在だったり、あるいはTR-808を使った、いわゆるEDM文脈ではないサウス・ヒップホップのビートが当初はBPM70だったのが60、55……と下がっていったのもドラッグが関係しているだとか、そうやって音楽とドラッグが関係しているのも、シカゴの南部とアトランタが社会的に取り残されていたからだとか。リル・ウェインを筆頭にサウスのラッパーが始めたミックステープ・カルチャーがどういう基礎を作ったのか――そういういろんな文脈を自分自身の中で体系化していくのが楽しくて楽しくてたまらなかったんですよ。

宇野 うんうん。



田中 そうしたサウス・ヒップホップが、ここ数年の間に一気にメインストリームまで雪崩れ込んできた。その象徴が年明けのミーゴスの「Bad And Boujee」であり、レイ・シュリマーの2ndアルバムからカットされた「Black Beatles」のメガ・ヒットだった。だから、前者を手掛けたメトロ・ブーミンと、後者を手掛けたマイク・ウィル・メイド・イット――この2人のプロデューサーが2016年から2017年にかけての重要な顔なんです。

メトロ・ブーミンはずっとフューチャーともやってきて、21サヴェージをフックアップした93年生まれの若いプロデューサー。マイク・ウィル・メイド・イットは2017年グラミーを取り損ねたビヨンセの「Formation」をやって、2017年はケンドリック・ラマーが『DAMN.』でがっつり組んだ。その彼が自分のレーベルで10代の頃から育ててきた兄弟ラッパーがレイ・シュリマーなんですよ。で、そこにサウスの顔役であるグッチ・メインを引っ張ってきて、“俺たち4人は黒いビートルズだ”っていうのをやった。黒いビートルズというのはケンドリック・ラマーのリリックの引用でもあるんだけど、それにサー・ポール・マッカートニーまでがお墨付きを与えたっていう。だから、2017年の年明けというのは、「ああ、サウスの連中がここで一気にメダルを獲りに来たんだな」って思わせる瞬間だったんですよね。



宇野 2016年の年末から2017年の頭にかけて、レイ・シュリマーの「Black Beatles」がずっと全米1位だった。象徴的なタイトルの曲という点では、この秋にずっと全米1位だったポスト・マローンの「Rockstar」にも繋がっていきますよね。

田中 そうそう。ポスト・マローンは決してブラックからのプロップスは高い人じゃないんだけどメガ・ヒットした。それも重要なポイントで。つまり、2017年というのは何よりもまずRapCaviarとBlonded Radioの年だったってことなんです。2017年を総括した号のRolling Stone(以下RS)には“ベスト・プレイリスト”という項目があって、その1位がSpotifyのRapCaviarで、2位がApple MusicのBlonded Radio。この辺りは、RSはさすが時代を把握してると関心しました。

宇野 フランク・オーシャンがDJをやって、自分の新曲を発表する場にもしているBlonded Radioは、自分も数えきれないほど繰り返し聴いてます。自分はずっとApple Musicで事足りてて、Spotifyは最近になってようやく使うようになったんですけど、RapCaviarの説明をしてもらえますか?

田中 一言でいえば、今最大のヒップホップ・メディア。フォロワーが800万人以上いて、ラップの新曲が毎週更新される。ここ1年にヒットしたラップ・ソングは、ほぼ全部RapCaviarから火が点いたとも言える。リル・ウージー・ヴァートの「XO Tour Llif3」やコダック・ブラックの「Tunnel Vision」、21サヴェージやリル・ウージー・ヴァートのアルバムとか、この辺りの音楽を伝えるメディアとして一番影響力が大きかった。


RapCaviar


Blonded Radio第1回のプレイリスト。現在は第7回まで公開されている

宇野 ある意味、影響力が大きくなりすぎている?

田中 そう。もちろん、今でもXXLも重要だし、今もラップ・カルチャーを伝える上での最重要プラットフォームはGeniusだと思うんだけど、数としての覇権がRapCaviar に移行した一年でもあった。で、主にRapCaviar経由で生まれたファン層が、 まさしく宇野くんが言ってた白人のティーンなんだよね。だから、サウス・ヒップホップが良くも悪くも白人のティーン・カルチャーにもなった。それが2017年って感じ。

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