ビートルズ、パブ・バンド時代のレア音源、その魅力とは?

Colin Fleming | 2018/02/10 11:00

| 若き日のファブ・フォー(Photo by K & K Ulf Kruger OHG/Redferns) |

1962年12月にハンブルクのスター・クラブで行われたビートルズのライブ音源、若き日のバンドの魅力が詰まった海賊版の意義とは?

美しいメロディーと芸術的なハーモニーで知られるビートルズだが、そのレア音源を掘り続けているコアなファンの間では、バンドのアグレッシブな一面を捉えたこのブートレグ音源は広く知られている。

もちろん『アビー・ロード』のB面曲群で聴くことができる強烈なギターアンサンブルや、『エヴリボディーズ・ゴット・サムシング・トゥ・ハイド・エクセプト・ミー・アンド・マイ・モンキー 』でのメタルバンド顔負けのファズ、あるいは『マネー』におけるR&B譲りのざらついたオーバードライブギター等、ビートルズがその尖った一面を前面に出した楽曲は決して少なくない。

しかしパブ・バンドに過ぎなかった当時の彼らが、1962年の12月に行ったライブを収録したこのブートレグ音源の魅力が語られることは稀だ。バンド史上最も粗く生々しいこの音源は、曲間で耳にすることができるメンバーのコメントから判断すれば、彼らが最も純粋に楽しみながら作った作品なのかもしれない。バンドの初期衝動をリアルに捉えた同作は、『リボルバー』や『『サージェント・ペパーズ』のような技巧的なアルバムの対極にある。

同作について語る上では、まず当時のバンドが置かれていた状況について触れておく必要がある。1962年末、ビートルズのメンバーはハンブルクに戻ることに消極的だったとされている。それは10月に発表した『ラヴ・ミー・ドゥ』のチャートアクションが好調であり、バンドの人気に火が点きかけていたためだ。泥酔した船乗りや娼婦たち、あるいは気に食わないパトロンを裏通りで袋叩きにするような興行者たちを相手に、うらぶれたハンブルクの場末の酒場で演奏することは、もはや彼らにとって何のメリットもなかったのかもしれない。

それでもバンドは、ハンブルクのスター・クラブにて1962年12月18日から31日までの間、3度目にして最後のレジデント公演を行った。同年春に行われた同会場での初公演時には、バンドは結成時のベーシストであるスチュアート・サトクリフが逝去したことを知らされ、同年8月にはリンゴ・スターがバンドに加わった。スターがローリー・ストーム・アンド・ザ・ハリケーンズのメンバーだった頃に、助っ人として駆り出された数公演を除けば、このレジデント公演はビートルズが一般的に認知されているラインナップで、レーパーバーンにある同会場のステージに立った唯一の機会となっている。

Translated by Masaaki Yoshida

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