田中 本当なら200曲挙げたいんだけど(笑)、チャーリーXCXの「Boys」かな。彼女はもともと2017年にアルバムを出す予定で、2016年の後半に飛ぶ鳥を落とす勢いだったリル・ヨッティをヴァースに起用した「After The Afterparty」っていう最高の曲を出したんだけど、何か揉めたんだか、レコード会社が首を縦に振らないからって、英国のアンダーグラウンドのプロデューサーたちと一緒に『ナンバー1エンジェル』というミックステープを作った。これもこれまでの彼女のアルバムより断然良かったんだけど、その後に出たのが「Boys」。チャーリーXCXってイギリス人で、10代でレイヴ・カルチャーの洗礼を受けてるんですよ。そこからアメリカに来てアイコンになった人なの。
─近年では珍しいケースですね。
田中 リリー・アレンの妹みたいな存在っていうか。で、「Boys」の冒頭に“I was busy thinkin’ ’bout boys”ってフレーズがあるんだけど、ここでトリプレットっていうミーゴスが広めた、三連符のうち真ん中の音符を抜いたフロウを使ってる。もうそれが最高で。「ポップスが更新された!」感、ハンパないんですよね。それともう一つ。この「Boys」で、彼女は初めて自分で曲を書かなかったんですよ。
田中 そう。なのにプロデューサーやソングライターに曲を作らせた。その代わりに彼女は自分でビデオを撮った。そういう判断だけでも破天荒で現代的でしょ? しかも、そのビデオっていうのが、アリシア・キーズみたいに「女は性の対象じゃない」と訴える代わりに、「男を性の対象にしちゃおう」っていうアイデアなの。ダイバーシティっていう2010年代的な命題にも目配せしつつ、カリード、マック・デマルコ、カール・バラー(ザ・リバティーンズ)、ONE OK ROCKのメンバーを初めとして、いろんな国籍/肌の色/年齢/ジャンルの男性アーティストを60数人集めて、彼らにあからさまなセックスアピールをさせた。発想としては、2016年ヒットしたフィフス・ハーモニーの「Work From Home」と似てて。“Work”っていうのは、要するに夜のお仕事(営み)を意味しているんだけど。
田中 そう(笑)。「Work From Home」のビデオは、ガテン系でムキムキな男が上半身裸で昼間働いてるんだけど、「夜の仕事もよろしくね」っていう女性の性欲を肯定した内容なのね。それと一緒で、チャーリーの「Boys」も男の子をセックス・ヴィクティムに仕立ててる。その手法ってクレヴァーかつユーモラスでしょ? 何かを否定するんじゃなくて、逆転の発想によって視界を開せるという。そこがやっぱり新しいし、素敵だなと。