田中宗一郎と宇野維正が語る2017〜2018年の洋楽シーン後編

2017年のロックで一番良かったのはファーザー・ジョン・ミスティ。(田中)

─話は変わりますが、RSのランキングのなかで、ロックからもう一組挙げておくとすれば?

田中 一番良かったのはファーザー・ジョン・ミスティ。彼のアルバムは「これって73年のレコード?」みたいなプロダクションなんですよ。ここ10年のUSインディのプロダクション進歩主義に対する冷や水としても機能してる。「音楽を更新させる必要ってあるの? それよりも聴かれるべき人に聴かれるべきでしょ?」っていう、ちょっと偽悪的なスタンス。もちろん、二コ・ミューリーみたいなゼロ年代USインディの最重要人物にもストリングス・アレンジを任せたり、現代的なポストプロダクションも施してはいるんだけど、何より70年代的なソングライティングに特化したレコードで。とにかく曲が良すぎる。全盛期のエルトン・ジョン、初期ブルース・スプリングスティーン、ビートルズ後期のジョン・レノン辺りのいいところ取り。


ファーザー・ジョン・ミスティ『ピュア・コメディ』

─そうそう。

田中 しかも、リリックはランディ・ニューマンみたいな皮肉満載で、サイケデリックでサイファイ的な世界観を使ってディストピアとしての今を語っている。ケイティ・ペリーみたいな直接的なトランプ批判じゃなくて、「エライ世の中になってますな〜、どいつもこいつも、勿論、この俺も愚かですなあ、ケケケケ」っていうユーモアで一枚作ったという。この人、カニエやテイラーのこともホント手当たり次第にからかう人なんですよ。ただ、誰かだけが悪いとか、誰かの味方につくとか、そういうことは絶対にしない。そういうスタンス、頭の良さ、底意地の悪さも含めて、白人が作ったロック・レコードの中ではダントツだったと思うな。

─しかも長いんですよね。74分もあるコンセプト作で。

田中 70年代のロックにアクチュアリティがあった時代の貫禄もあるでしょ? でも、最初の4曲がポップ・ソングとしてはずば抜けてるんですよ。だから、この4曲だけを繰り返し聴いてもいいし、長尺のアルバムとしても聴いてもいいっていう作りになってる。そういうアイディアもすっごく現代的。



宇野 インド系の天才コメディアン、アジズ・アンサリのNetflixのドラマ『マスター・オブ・ゼロ』では、ファーザー・ジョン・ミスティのコンサートのチケットがあれば、どんなクールな女の子もデートに誘えるってエピソードがありました。それなのに、2018年2月の来日公演※のチケットはまだ残ってるという(苦笑)。

※2月13日に大阪・梅田クラブクアトロ、2月15日に東京・渋谷TSUTAYA O-EASTで開催

田中 ロックでいえば、あとはフォクシジェンの『ハング』。こちらも政治的っていうか、社会的なメッセージがあるのと、70年代ロックの引用や、スウィング・ジャズ以前の、いわゆるアメリカーナではない大衆音楽を再解釈したレコードだと思う。その2枚かな。ただ、これは最初に話しておかなきゃならなかったんだけど、2016年は本当に素晴らしいアルバムがいくつもあった。でも、2017年は曲単位では本当に凄かったんだけど、アルバムという単位では「おぉ!」と思わせるものはかなり数が限られてた気がする。



─じゃあ、2017年の1曲を選ぶなら?

田中 本当なら200曲挙げたいんだけど(笑)、チャーリーXCXの「Boys」かな。彼女はもともと2017年にアルバムを出す予定で、2016年の後半に飛ぶ鳥を落とす勢いだったリル・ヨッティをヴァースに起用した「After The Afterparty」っていう最高の曲を出したんだけど、何か揉めたんだか、レコード会社が首を縦に振らないからって、英国のアンダーグラウンドのプロデューサーたちと一緒に『ナンバー1エンジェル』というミックステープを作った。これもこれまでの彼女のアルバムより断然良かったんだけど、その後に出たのが「Boys」。チャーリーXCXってイギリス人で、10代でレイヴ・カルチャーの洗礼を受けてるんですよ。そこからアメリカに来てアイコンになった人なの。

─近年では珍しいケースですね。

田中 リリー・アレンの妹みたいな存在っていうか。で、「Boys」の冒頭に“I was busy thinkin’ ’bout boys”ってフレーズがあるんだけど、ここでトリプレットっていうミーゴスが広めた、三連符のうち真ん中の音符を抜いたフロウを使ってる。もうそれが最高で。「ポップスが更新された!」感、ハンパないんですよね。それともう一つ。この「Boys」で、彼女は初めて自分で曲を書かなかったんですよ。



─それが異例なのは、もともと彼女がシーアとかと一緒で、セレーナ・ゴメスからブロンディにまで曲提供しているソングライターでもあるからですよね。

田中 そう。なのにプロデューサーやソングライターに曲を作らせた。その代わりに彼女は自分でビデオを撮った。そういう判断だけでも破天荒で現代的でしょ? しかも、そのビデオっていうのが、アリシア・キーズみたいに「女は性の対象じゃない」と訴える代わりに、「男を性の対象にしちゃおう」っていうアイデアなの。ダイバーシティっていう2010年代的な命題にも目配せしつつ、カリード、マック・デマルコ、カール・バラー(ザ・リバティーンズ)、ONE OK ROCKのメンバーを初めとして、いろんな国籍/肌の色/年齢/ジャンルの男性アーティストを60数人集めて、彼らにあからさまなセックスアピールをさせた。発想としては、2016年ヒットしたフィフス・ハーモニーの「Work From Home」と似てて。“Work”っていうのは、要するに夜のお仕事(営み)を意味しているんだけど。

宇野 ブルゾンちえみのおかげで日本で流行った、オースティン・マホーンの2016年の曲「Dirty Work」もそうですよね(笑)。

田中 そう(笑)。「Work From Home」のビデオは、ガテン系でムキムキな男が上半身裸で昼間働いてるんだけど、「夜の仕事もよろしくね」っていう女性の性欲を肯定した内容なのね。それと一緒で、チャーリーの「Boys」も男の子をセックス・ヴィクティムに仕立ててる。その手法ってクレヴァーかつユーモラスでしょ? 何かを否定するんじゃなくて、逆転の発想によって視界を開せるという。そこがやっぱり新しいし、素敵だなと。



宇野 さらに対談中(前編)も触れたように、この「Boys」は今のラップがポップ・ミュージックに影響を及ぼしたサンプルとしても象徴的だということですよね。

田中 その通り。歌のフロウやビートもね。しかも、彼女って、「Boys」のビデオに出演した60何人のアーティストを見れば一目瞭然なんだけど、2010年代のポップ音楽の世界で起こったすべての交錯点なんですよ。だから、「Boys」のビデオを見れば、2017年のことが一発でわかる。

ただ一方で、2017年はレディ・ガガ以降、続々と登場した女性アーティストたちのセールスとプロップスが下り坂になった年でもあって。例えば、セレーナ・ゴメスの「Bad Liar」は本当に素晴らしかったし、「Fetish」のビデオでもルーキーのタヴィ・ゲヴィンソン周辺のアーティスト、ペトラ・コリンズにペドフィリアぎりぎりのビデオを撮らせたり、さっき話したドラマ『13の理由』をプロデュースしたり、間違いなく2017年の顔の一人だったんだけど、彼女にしろ、チャーリーXCXにしろ、カーリー・レイ・ジェプセンにしろ、2017年はアルバムを出せなかった。セレーナの場合、ループスという難病を抱えているって理由もあるんだけど。でも、それぞれのシングル曲も売れまくったわけでは決してない。



宇野 それよりも売れているのがブルーノ・マーズやウィークエンドであると。さっきも話したように、女の子は難しくなってきている感じはしますね。そのなかで、全部持っていっちゃったのがカーディ・Bの「Bodak Yellow」。彼女がみんな塗り替えてしまった。その横にミーゴスがいるっていうのも今後のカギを握っているような気がします(「Bodak Yellow」は全米チャート3周連続1位を記録。カーディ・Bはミーゴスのオフセットと婚約している)。



田中 その通り。商業的にもプロップスの面からもカーディ・Bのひとり勝ちだった。リアーナ、ビヨンセという二人の不在の年が2017年だったってことでもあるんだけど。ま、リアーナはそこかしこで自由に暴れてはいたんだけどね(笑)。

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