生命を脅かす「鎮痛剤」ープリンスやトム・ペティの死亡原因となった合成ドラッグ「フェンタニル」とは?

専門家によると、プリンスはおそらく自分が何の薬を摂取しているか認識していなかっただろうという。「プリンスは“俺はフェンタニルを飲んでいる”などと言ったことは決してなかった」と、複数のミュージシャンもクライアントに持ち、依存症を専門とする精神科医のスコット・ビーネンフェルドは証言している。「私の患者の多くは痛みに悩む患者で、“君は今オキシコンチンを飲んでいるから今度はこれを飲みなさい”というように、誰かからフェンタニルを追加されている。そんなミュージシャンの多くは、間違いなく薬にフェンタニルが合成されているとは知らずに飲まされている」という。その手の錠剤は中国やメキシコのラボで大量生産され、米国でもインターネットを通じて簡単に入手できる。アパッチ、グッドフェラ、ジャックポット、マーダー8などと呼ばれるフェンタニルを合成した錠剤は、街なかで10ドル程度の安値で売られている。「見た目は合法的な錠剤で、合成されているようにも見えません」とエイドリア・ペティは言う。「被害者はフェンタニルだと全く知らずに摂取しているか、合法的に処方されるフェンタニルより50〜100倍も強力な合成フェンタニルを飲まされていることもあります。そんなものを飲めば、間違いなく生命にかかわります」

2018年4月、約2年間の捜査を終えたミネソタ州当局は、「プリンスの死に第三者が関わった可能性はない」と発表した。「プリンスがフェンタニルを含有する偽バイコジンを入手した方法について、明確な証拠が見つからない」と、同州の代理人マーク・メッツは言う。「要するに、プリンスの死に犯罪性があるとして第三者を告発するだけの十分な証拠がない、ということだ」

プリンスの家族はイリノイ州モリーンの病院に対し、プリンスが過剰摂取し、死の原因となった可能性がある薬物の種類について、死の6日前に正しく診断できなかったとして、訴訟を起こしている。しかしプリンスの相続人の中でも少なくとも妹のタイカ・ネルソンは、「兄の体内から発見されたフェンタニルに関してミネソタ州が誰も逮捕しなかったことには関心がない」としている。「“とにかくやらなくては”と思いました」と彼女は言う。「2万の人々を告訴して刑務所へ送り込むこともできます。でもそうやったところで兄は帰って来るでしょうか。いいえ、帰って来ません。ナイフだろうが銃だろうがフェンタニルだろうが関係ありません。兄が帰って来ない以上、兄を殺したものが何だったかということは問題ではないのです」

今のところ、フェンタニル服用による死に関する裁判は厳しいものとなっている。3ドアーズ・ダウンのマットの父ダレル・ロバーツによると、彼の息子は背中の痛みや不安神経症に悩まされていたという。そして2010年に手の手術を受けた際、フェンタニルを処方され、それから6年間、黙って飲み続けた。退役軍人のためのコンサートでウィスコンシンへ行く前にマットは、アラバマ州の自宅近くのコンビニエンスストアで75mgのフェンタニル・パッチ30日分を購入した。マットは、3ドアーズ・ダウンの2000年のヒット曲『クリプトナイト』の共作者だった。

「フェンタニルが何かなんて私にはわからなかった。でもマットが何かを服用していることは知っていた」とウィスコンシンへ同行したロバーツは証言する。「彼の挙動はだんだんスローになっていった。歩くのが遅くなり、表情も暗くなっていた」という。数時間後、彼の息子は宿泊していたホテルの廊下で死亡しているのが発見された。彼の身体にはフェンタニル・パッチが1枚貼られていた。「マットは痛みを感じていたが、フェンタニルに頼るようなレベルではなかった」と、弁護士のジョーイ・デュマは言う。彼は、ギタリストの担当医に対してロバーツ家が起こした不法死亡の民事訴訟で代理人を務めている。同医師は先に行われた刑事裁判では、無罪を言い渡されている。陪審員が、ロバーツの体内にあったフェンタニルの内、医師による処方量と違法なフェンタニルの量を確認できなかったためである。「我々はがっかりした。マットの父親は説明責任を求めている」とデュマは言う。リル・ピープを巡っても同様の問題が起きている。彼は2017年、アリゾナでのコンサートを前にツアー・バスの中で亡くなった。ザナックスの錠剤を過剰摂取した彼は、フェンタニルが合成されていることは知らなかっただろう。DEAのアリゾナ支局は、彼の摂取したフェンタニルの入手先を捜査している。

サウンドガーデンのシンガー、クリス・コーネルは、2017年に亡くなる直前、オピオイド問題に苦しんでいた。彼は、抗不安薬アティバンの処方に関連する窒息で死亡した。彼の死を受けて妻のヴィッキーは、強力なオピオイドに反対する活動に力を入れるようになった。「唯一の問題解決方法は、医師が積極的に関与することです」と彼女は言う。「医療研修に採り入れるべきですが、現在はどれだけ教育されているのでしょうか? ミュージシャンの場合、自分自身で街へドラッグを買いに出かける必要はありません。“ロック・ドクター”となり“影響力を持つ”ことで人々をハッピーにしたがる医師が多すぎるのです」

クリス・コーネルの妻は亡くなった夫のため、薬物乱用者をサポートするウェブサイト『アディクション・リソース・センター』を立ち上げた。トム・ペティの家族は、薬物乱用者とその家族へのガイダンスを提供する計画を立てており、間もなく発表されるという。「他の誰にもこんな経験をして欲しくありません」と、ペティの娘エイドリアは言う。「慢性の痛みやオピオイド依存に苦しむ人たちや、治療にあたっている人たちへ手を差し伸べると共に、ドラッグの恐ろしさを周知させたいと思っています」

現在ミュージシャンたちは、フェンタニルを見分け、避ける方法を身につけつつある。1980年代中頃からドラッグを断っているエアロスミスのジョー・ペリーは、アーティストに身近な信頼できる人間による監視を提唱している。約10年前に彼は膝関節の手術を受けたが、鎮痛剤への依存症を再発させないため、身近な人間に薬の使用量を記録させた。「自分に代わって管理してくれる人間が必要だ」とペリーは言う。「自分で薬を持つべきではない」

数年前にシンガー・ソングライターのトッド・スナイダーは、ツアー中のフロリダで、肩と背中の痛みを緩和するためにオキシコンチンを探した。ディーラーは目的の薬を持ち合わせていなかったが、彼にフェンタニルのパッチとロリポップを与えた。試してみたスナイダーは、すぐに違和感を感じた。「他のドラッグは意識がはっきりするのだが、フェンタニルにはノックアウトされた」と語る彼は、二度とフェンタニルに手を出さないことを誓った。「フェンタニル依存を回避できた自分は、本当にラッキーだった」

Translated by Smokva Tokyo

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