米帰還兵たちがプロレスを通してPTSDと向き合う理由

リングに立つエディ・スコット(Photo by Rolling Stone)

リングの上でPTSD(心的外傷後ストレス障害)と向き合い、同じ苦しみを抱える観客を励ますイラク戦争帰還兵の物語。

テキサス州、ミネラル・ウェルズの中心部、アメリカン・レジオン・ホール内のリングに立つのは1人のイラク帰還兵である。名前はエディ・ウィターン、元米国陸軍所属で柔術の達人。しかしそれはあくまで一面に過ぎないのだ。ここに立っている男は「エディ・スコット」で、怒れる、戦争の権化たるキャラを担った34歳のプロレスラーだ。

現実の彼は経験豊かで、軍役も積み重ねた武道家だ。しかしリングでのその役割はあくまで観衆をいきり立たせることだ。アクリルのそのフェイスペイントはピンク、ブラック、ホワイトで、ピエロのようなこのレスラー「エディ・スコット」は道化どころか、とんでもない毒舌を吐く。そして、このおどけた扮装が現実の彼の身を守っている。

「この会場に俺の帰還兵仲間はいるのかな」とエディは観衆に向かって問いかける。1人また1人と、誇りを隠さず、賞賛を受ける心持で立ち上がり始める。そんな帰還兵たちを指さして、エディはこう挑発するのだ。「おいおい、クウェート絡みの湾岸戦争の『砂漠の嵐作戦』野郎は立つんじゃないよ」といきなり真っ向から全否定するのだ。「あんたらの4泊のキャンプは物の数に入れるわけには行かないさ。あんたらの戦争経験ぜんぶ合わせても俺たちの白兵戦の合計時間にも足りやしない」。観客はあっけにとられ、一気に彼への敵意で満ちてくる。「ベトナム帰りはいるかい? はいはい、座った座った。お前らは途中で投げ出したんだから」

悪意、殺意にも近いブーイングの嵐が起きる。

プロレス界において、エディの仕事ぶりは完璧だ。彼は悪役、ヒールを演じているのだ。観衆は彼を憎み、それこそが彼の望むところだ。しかし試合が終わってから、駐車場のあたりで彼の本当の務めが始まる。そこでエディは自分同様の辛酸をなめている帰還兵たちと長時間、しばしば厳しい語りあいを行うのだ。まずエディは自分も同じ帰還兵であることを明かし、同じ帰還兵たちとこうしてここで語り合うためにこそ、あえてリングでは挑発をしていたのだと説明する。彼は帰還兵たちと語り合いたい。どんな境遇か確かめあいたい。各々の身の上を語り合いたいのだ。

「どんなものであってもとにかく観衆からどうやってリアクションを引き出すのかが問題だ」と34歳のエディはローリングストーンに語ってくれた。「とにかく誰かの心を動かすんだ。そうしてこそ初めて本当のことについて必要なことを話せるんだよ」

そして語りあいはいつも戦争の話になる。そこで見てしまったこと。やっとの思いでの帰還したこと。完全に変わってしまった世界と自分。エディは帰還兵たちが各々どうしのいでいるのかをしっかり聞く。彼自身も自分について語り続けてきた。酒。怒り。うつ状態。自殺未遂。言葉にできないほどの代償だ。みんな必死に帰還してきたのに、今ここで別の戦いに生き残っていかねばならないのだ。

Translated by LIVING YELLOW

Tag:

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE