カメラマン岸田哲平が見たフジロックの「ベストシーン」

2006年のフジロックに出演したレッド・ホット・チリ・ペッパーズ(Photo by TEPPEI)

アーティストの息遣いや飛び散る汗を、そのまま封じ込めたような臨場感あふれる写真を撮り続けるライブカメラマン、TEPPEIこと岸田哲平。初年度はオーディエンスとして、第2回目からはカメラマンとして毎年参加しているFUJI ROCK FESTIVALで、数々の歴史的瞬間をファインダー越しに目撃してきた彼にその「ベストシーン」を振り返ってもらった。岸田にとって、フジロックとはどのような存在なのだろうか。

─岸田さんは、初年度からフジロックに参加しているんですよね?

岸田:そうです。最初は客で行って死ぬ思いをして(笑)。2年目はKORNのオフィシャル・カメラマンとして入りました。僕が自分のことを「カメラマン」と名乗りだしたのが、フジロック初年度と同じ1997年。その翌年には仕事をさせてもらっていることになりますね。3年目は確か『snoozer』のフェス特集で入ったのかな。4年目がレコード会社の依頼で、モグワイとか撮った。そんな感じでバラバラだったんですけど、5年目からは『rockin’on』からの依頼で入るようになったんです。一応、毎年フジロックには行ってるんですよね。皆勤賞です。

─初期で思い出に残っているのは?

岸田:2000年のア・パーフェクト・サークルですね。僕はトゥールが大好きだったので、メイナード・ジェームス・キーナンを中心に結成された彼らを撮れたのが、すげえ嬉しくて。雄叫びをあげながらシャッターを切っていました(笑)。この年は、モグワイが初めてフジロックに出演したんですよね。RED MARQUEEだったんですけど、天井があるから音の反響が凄まじくて。「なんじゃこりゃあ!」って興奮したのを覚えています。翌年のWHITE STAGEも語り草になってますが、自分の中で最も衝撃的だったのはRED MARQUEEのときかな。すげえパンクなバンドに見えたのも良かった。


2000年のフジロックに出演したア・パーフェクト・サークル(Photo by TEPPEI)

─バックステージで印象に残っていることはありますか?


岸田:2001年、トゥールで来たメイナードと、ソロで来たアレック・エンパイア(アタリ・ティーンエイジ・ライオット)がバックステージで話し込んでいて。それを目撃して「うおお!」って思ってたら、奥からエミネムが出て来たんですよね。その時にアレックがバカにしてるのか、ニヤついた顔で彼を見ていたのが妙に印象に残ってます(笑)。「すげえな、この3ショット!」とか思いながら。

─そういう、ミュージシャン同士の相関図を意識すると、フジをさらに楽しめますよね。

岸田:2002年の、ジェーンズ・アディクションからレッチリ(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)の流れとかまさにそうですね。デイヴ・ナヴァロ繋がりというか(ナヴァロは1995年のレッチリのアルバム『ワン・ホット・ミニット』に参加)。そのときジェーンズは客として観てたんだけど、堪えきれず久々にダイブしたら足がグキって(笑)。その後が大変でしたね。捻挫しながらレッチリを撮りました。

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