アレサ・フランクリンの広報担当が世界中のファンへ感謝「彼女が残した音楽はこれからも生き続ける」

米国現地時間16(木)午前9時50分、デトロイトの自宅にて逝去したアレサ・フランクリン (Photo by Dimitrios Kambouris/Getty Images)

アレサ・フランクリンが、米国現地時間16(木)午前9時50分、デトロイトの自宅にて逝去した。広報担当は、危篤状態の際に世界中から温かい言葉やサポートを受けたことへ感謝の意を述べた。「アレサが深く愛され、彼女の残した音楽がこれからも生き続けるという事実だけが、今の我々にとって唯一の慰めとなっています」。

その日の出来事は、音楽史の1ページに深々と刻まれることになった。1967年1月24日、アトランティックに移籍したばかりだったアレサ・フランクリンは、コロンビア時代の保守的な作風から脱却するきっかけとなる『貴方だけを愛して』のレコーディングに悪戦苦闘していた。そんな状況を打破するきっかけとなったのは、スタジオミュージシャンの1人が発したこの言葉だったという。「アレサ、何も考えずに弾いてみたらどうだい?」その助言に従い、ピアノの前に腰を落ち着けたフランクリンが奏でた曲は、彼女にとって初のナンバーワンヒットとなった。「驚くほどすんなりと生まれたのよ」彼女はそう語った。「あっという間に、私たちは目指す場所に到達したの」

それ以来、彼女が立ち止まることはなかった。50年以上に渡ってポップス界を牽引し続けたフランクリンは、たくましい女性像と女性解放運動、そして公民権運動を象徴する存在だった。彼女の広報担当であるGwendolyn Quinnは、ポップス史上最高のシンガーのひとりであるアレサ・フランクリンが、木曜の朝に膵臓ガンでこの世を去ったことを認めた。

「ソウルの女王、アレサ・ルイーズ・フランクリンが亡くなったことに、言葉にならない悲しみを覚えています」Quinnが発表した声明にはそう綴られている。「8月16日木曜日午前9時50分、ミシガン州デトロイトにある自宅で、フランクリンは家族と最愛の人々に見守られながらこの世を去りました。過去に経験したことのないこの巨大な喪失感と痛みは、とても言葉で表現できそうにはありません。我々はファミリーの精神的支柱を失いました。子供たち、孫、姪、甥、従兄弟、彼らに惜しみなく注がれた彼女の愛情に際限はありませんでした」

「近しい友人や仲間、そして世界中のファンから受け取った温かい言葉やサポートに、胸の詰まる思いを感じています」Quinnはそう述べている。「この場を借りて、感謝の気持ちを表したいと思います。アレサが深く愛され、彼女の残した音楽がこれからも生き続けるという事実だけが、今の我々にとって唯一の慰めとなっています。我々が巨大な悲しみと静かに向き合えるよう、皆様のご配慮をお願いいたします」と声明を発表した。

フランクリンは、ローリングストーン誌が選ぶ『史上最も偉大な100人のシンガー』に名を連ね、さらに1987年には女性として初めてロックの殿堂入りを果たしている。

Translated by Masaaki Yoshida

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