米政治ドキュメンタリー映画から考える課題と問題

David Fear | 2018/09/30 13:00

| トロント国際映画祭で上映された彼の新作ドキュメンタリー映画『華氏119』で政治家へ向けて放水したマイケル・ムーア 1996-98 AccuSoft Inc., All right |

トロント国際映画祭で上映されたマイケル・ムーアの『華氏119(原題:Fahrenheit 11/9)』を筆頭に、昨今政治ドキュメンタリー映画が多く製作された。作品の中で取り上げられたテーマや言動、表現などから、その必要性と注視すべき問題を考えてみた。

オフィスに座る男。主要メディアがリベラル派に偏った状況では保守派に発言の場がない、と愚痴をこぼしていた。そこで彼は広く声を届けるため、独自にチャンネルを立ち上げた。デスクに座る男。創業者の死を嘆きながら彼と立ち上げたウェブサイトを眺めている。サイトの名称はシュマイトバーツの韻を踏んだものかどうかは定かでないが、彼は、言いたいことも言えないティーパーティ運動後の嘆かわしい状況に不満を抱いていた。そして彼は、自分の望みを叶えてくれると見込んだ人物の選挙コンサルタントに就任した。

とても粗野な男。常にセレブに囲まれ、出生証明書などに関するナンセンスな言葉を吐いている。彼は、記者会の夕食会で現職大統領から侮辱され、NBCが自分よりもグウェン・ステファニーの方に高いギャラを支払っていると知って激怒した。だから彼は大統領選に立候補し、ポピュリストの恐怖を煽り、人種差別主義の活動家を熱狂させた。彼の公約は、非難と嘘と極論だらけだった。彼は選挙に勝ち、その後の彼の行動はあらためて言うまでもないだろう。ニュースやTwitterへの投稿を見ればすぐわかる。読者がこの記事を読んでいる間にも彼は、また新たなカオスや議論のもととなるような発言や行動を起こしているだろう。

マイケル・ムーアによってボケ役にされた3人は、我々の暮らす今の世の中を良くない方向へと変えてしまった。3人は、“いったい何が起きたのか”という難問の解明に挑んだ複数のドキュメンタリー映画に、主役級で登場している。各映画は、トロント国際映画祭で上映された。例えば、前出のトランプによるステファニー問題は、マイケル・ムーアによるドキュメンタリー映画『華氏119(原題:Fahrenheit 11/9)』で取り上げられている。『華氏119』では、2004年の『華氏911(原題:Fahrenheit 9/11)』で当時のジョージ・W・ブッシュ政権を批判したように、2016年の米国大統領選に対する批判を繰り広げている。ムーアは単に、数字の“911”を“119”に入れ替えるという洒落を利かせたタイトルを付けている。2015年6月にトランプが大統領選への出馬を決意したのは、ギャラの格差を巡るピーコック・ネットワーク(NBC)への彼の怒りがきっかけのひとつだ、ということがわかる。金持ちの技量の狭さを見くびってはいけない、と我々は思い知らされた。2016年はメディアの傲慢さや、政治集会における盲目的な忠誠など、「騙されやすい人間は次々と生まれてくる」というP・T・バーナムによる言い古された格言が裏付けられた。



もちろん、マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画なので、映画監督自身の個人崇拝も描かれている。ミシガン州議会議事堂に乗り込んで議員を私人逮捕し、「水道水の汚染は取り除かれた」と主張する議員の側近に地元の水道水を飲ませようとしたり、リック・スナイダー知事の公邸へ、多くの労働者階級のアフリカ系米国人家庭が被害を被ったフリントの水道水を放水したりした。これはまるで、彼のかつてのテレビ番組『マイケル・ムーアの恐るべき真実 アホでマヌケなアメリカ白人(原題:The Awful Truth)』の、放送禁止にされない映画版のようだ。ゴンゾー・ガッチャ・ジャーナリズムがやって来た! さらに、#MeTooで告発された者たち、役立たずの民主党員、めちゃくちゃな選挙人団、バーニー・サンダースをひどい目にあわせた党大会の代議員たち、体制寄りのメディアなどに対しても、チェックリストに印を付けていくかのように次々と非難し、切り捨てた。またトランプのスピーチのシーンには、ヒトラーの映像を重ねた。大衆は疲れ切ってため息をつき、誰も聞いていないという戒めだ。

Translated by Smokva Tokyo

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