マグナ・カルタ…ホーリー・グレイル

富にも名声にも超が付くジェイ・Z。巨大なロック・フェスティバルのヘッドライナーを務める一方、ウォーレン・バフェットとナイトクラビングしてしまう。しかも、前代未聞の経営戦略のおかげで、12枚目のソロ・アルバムの売れ行きが、リリースすらしないうちに100万枚を突破した。さすがに文句はないだろう。

ところがだ、この新作では、のっけからやけに陰鬱な「ホーリー・グレイル」で“名声なんてクソ食らえ”と吐き捨てて、ウザいパパラッチに、気まぐれなファンを揶揄し、カート・コバーンの名を挙げて、「スメルズ・ライク〜」の替え歌を相棒のジャスティン・ティンバーレイクに歌わせる(“俺らは単なるエンターテイナー/アホだし、おまけに伝染するぜ”)。と思いきや、次の曲「ピカソ・ベイビー」では、スーパースターダムの特典を享受すべく、自分の壮大なアート・コレクションをひけらかす。バスキアに、ウォーホルに、ロスコ……、彼が長年、歌詞に盛り込んできた名前ばかりを、ミュージアムっぽいブームバップをバックに並べたて、“ルーブルやテイト・モダンみたいに収蔵するぜ/オークションで買いまくるから”と豪語する。

彼にとって12枚目のアルバムは、だいたいそんな調子だ。ジェイ・Zが、セレブとしての複雑な気持ちを整理しては、所蔵する調度品の数々を列挙していく。ほとんどの曲をティンバランドが手掛けたプロデュースは、どことなく壮大で我々を陶酔させる。これもまた贅沢だ。ただ、音楽をやることは楽しいはずなんだと、自分に言い聞かせようとしているジェイ・Zを感じずにはいられない。しかも無理をしているようだ。

「トム・フォード」なんて、これまでの歌詞でいちばん冴えないんじゃないだろうか。“数字は正直だ、スコアボードをチェックしな”とぼんやりつぶやくジェイ・Z。“トム・フォード、トム・フォード、トム・フォード”とファッション・デザイナーの名をだるそうに唱えながら、魔法でそれがキャッチーで気のきいたフックに替わるのを待っているかに見える。ティンバランドが奏でる一流のビートにはもったいない。

ある意味で彼は、自らの驚異的な音楽キャリアと類まれなる成功の犠牲者でもある。1996年以来、人生を語り続けてきたジェイ・Z。引退して復活したのが、アルバムにして4枚も前の話だ。言葉が尽きたのかもしれない。あるいは、引き立て役が不足しているのだろうか。2011年の傑作『ウォッチ・ザ・スローン』でコラボしたカニエ・ウェストや、今年リリースした「ビッチ・ドント・キル・マイ・ヴァイブ」のリミックスで共演したケンドリック・ラマーのような、彼のクリエイティヴィティを一押しするエネルギーに恵まれていないのだとも思える。

最もアクセスの多い曲でも、ジェイ・Zはせいぜい偉大なMCだ。フランク・オーシャンをフィーチャーした「オーシャンズ」で、“休みの日には「奇妙な果実」を奏でるぜ/ビリーを目指すなら、同じ道じゃ無理”などと、さまざまなイメージを重ねていく様子は聴き応えがあるが、『マグナ・カルタ…ホーリー・グレイル』に、未発表の面白いフックはあまりない。

しかし「ジェイ・Z・ブルー」は、このアルバムの中でも特に力が入っているようで、親としての極めて深い不安を捉えている。“どうやって父になるべきか、どう母親を扱うべきか、父は教えてくれなかった/俺は二の舞になりたくない、家庭を捨てるなんて/パパのいない赤ん坊”と。強さを感じる鮮やかな瞬間だ。本気になった時のジェイ・Zの力量を思い知らされる。

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