ナッシング・ワズ・ザ・セイム

この秋すでにリリースされているムーディなダウンテンポの「ウータン・フォーエヴァー」で、ドレイクは彼の3枚目のアルバムへの期待感を盛り上げようとした。その代わりに、ラップ保守派を代表する大勢を激怒させることになった。その理由は、ウータン・クランの1997年シングル「It’s Yourz」の薄気味悪いサウンドの一部がフィーチャーされてはいるものの、ウータンとはかけ離れたものになっているからだ。この曲は、以前つき合っていたガールフレンドへの心からの哀歌となっている。“お前と一緒にいると気分がすごく良いんだ”と、このトロント出身のシンガーはため息をつく。レイクウォンやオール・ダーティー・バスタードからは想像できない悲しい口調だ。いや、過去20年間で活躍してきたどのメインストリームMCでも、想像するのは難しい。

「ウータン・フォーエヴァー」は今までで最もドレイクらしいトラックかもしれないが、『ナッシング・ワズ・ザ・セイム』はそれに続く楽曲で溢れている。これまで彼のようなヒップホップ・スターは存在してこなかった。彼は埃をかぶった古い楽曲のサンプリングよりも憂うつなシンセ・サウンドにビートを乗せることを好み、受動攻撃的に元彼女(や自分自身)の気持ちを傷つけようとするのが、彼が最も好むブラギング方法だ。このアプローチが成功し、2011年の前作『テイク・ケア』は200万枚を売り上げ、今作でもこのフォーミュラは維持されている。今作をより正確に表現するタイトルは、『エヴリシング・ワズ・プリティ・マッチ・ザ・セイム(ほとんど変わりはありません)』だろう。このアルバムには、ドレイクを好きな理由がすべて見事にまとめられている。彼のことをうっとうしく思っていれば、また別だが。そうであれば、その思いは変わらないだろう。

いつものことながら、ドレイクは(以前よりは少しマシかもしれないが)疑念や後悔の念でいっぱいだ。キャッチーなリード・シングル「スターテッド・フロム・ザ・ボトム」では、彼が自分の成功をあまりにも執拗に褒め称えるために、こちらも彼を応援せざるを得なくなる。彼の言う“the bottom(底辺)”というのは、カナダの人気テレビドラマ『Degrassi: The Next Generation』のことだと内心わかっていてもだ。ほかには、甘く切ないピアノのバラード「フロム・タイム」で、とうの昔の恋人への恨みを果たす。“俺はトレイ・ソングスほどビッグにはなれないなんて彼女は言っていた/ほらな、彼女はまったく間違っていたのさ!”。そう歌った2小節後には、コートニーという破局したフーターズのウェイトレスのことで自分を攻める。“なあ、俺たちは何もかも上手くいってると思ってた。それも俺のせいで台無しさ/身勝手に行動した結果だってわかったんだ”。そう、いつものドレイクだ。

彼の秘密兵器は、オフビートのヴァイブ溢れるサウンドへの鋭いセンスだ。長年のパートナーであるノア“40”シェビブが今作のプロデュースをほとんど手掛け、海底にある玉虫色の海藻のようにゆらゆらと揺れる楽器のレイヤーが幾重にも重ねられている。それはドレイクの静かな嵐のラップには完璧な背景で、彼の特徴的な柔らかな一本調子の歌の中で聴こえてくる。彼のフロウがメロディアスであればあるほど、彼の歌が滑らかに聴こえ、そのためにまったくあか抜けない歌詞も許されてしまう(“なあ、俺はお前の裸をもう見たことがあるじゃないか”)。「ホールド・オン、ウィア・ゴーイング・ホーム」での 徹底的に甘い歌声は、彼が最も魅力的に聴こえる時で、それはパステルカラーのレッグウォーマー付きの80年代R&Bだ。 『ナッシング・ワズ・ザ・セイム』でのドレイクは自分をかなりさらけ出しているために、その悩める男としてのペルソナにケチをつけるのは簡単だ。しばらくすると彼の告白も、彼が振った美女たちについてのいやらしい自慢話に聞こえてくる。もしかしたら、彼も聴き手にその矛盾に気づいてもらいたいのかもしれない。

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