“私のスキットルズ(フルーツ味のキャンディ)を舐められる?”。カニエの“さっさと俺のクロワッサンを持って来い”に対抗するパンチラインだ。15年間、ミュージック・シーンでトップに君臨するビヨンセは、その間、幾度となくサプライズを提供してきたが、こんな衝撃は初めてだ。クィーン・ビーは真夜中に、新曲14トラックとビデオ17本からなるサプライズ“ヴィジュアル・アルバム”を、何の予告もなくiTunesで配信。世界中の人々にインパクトを与えた。本作は、アルバムを通してビヨンセ哲学への賛歌が収められている。結局のところ、ビヨンセは、どんなことだって意のままにできるのだ。

デヴィッド・ボウイやカニエ・ウェスト、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインらは、13年早々からサプライズ・リリースを成功させた。だが、本作のほうが重大だ。何しろ、音楽界で今をときめくメガ・スター、ビヨンセがドレイクやファレル、ジェイ・Zのような大物と組んだ作品なのだから。技術の粋を集めたミュージック・ビデオの監督は、ジョナス・アカーランドとハイプ・ウィリアムス。「フローレス」では、ナイジェリアのフェミニスト作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのスピーチをフィーチャーしている。「ブルー」には、娘のブルー・アイヴィーがゲスト出演。彼女は2048年まで大統領になれないが、世界を支配する第1歩としては幸先の良いスタートになった。このトップ・シークレットのプロジェクトに関わった多くの人々や、秘密を守った方法について思えば、どんな陰謀説だってあり得そうだ。ネイル・アーティストだけだって、17本のビデオでいったい何人になった? 現場では、表に出ることのない事務が山ほどあったことだろう。それほど全精力を傾けたんだね、ビー。

本作は、情感に富んだ先進的R&Bアルバムだ。それをいちばん強く感じるのは、芸術家気取りの自由奔放なエッジを効かせて、本物のエレクトロ・ソウルを試みているときだ。「ブロウ」は本作のベスト・トラック。最新ディスコ・グルーヴの中にメランコリックな雰囲気を漂わせながら、オーラル・セックスについて歌ったジャネット・ジャクソンの「ザ・ヴェルヴェット・ロープ」あたりを想起させる。ドレイクとの極上のデュエット「マイン」も同様のテイストだ。

ライヴで使える、自分の夢を信じ、その夢を叶えるといった内容のバラードも数多く入っているが、やはり、圧巻なのはセックス・ソングだ。「ドランク・イン・ラヴ」では、10年前の「クレイジー・イン・ラヴ」以来となるジェイ・Zとの最高のデュエットを披露している。このふたりは、今でも互いの指を放すことができない。“私たちはキッチンで目覚め/言うの。「いったい何でこんなことになったの?」” ジェイ・Zは、 悪趣味なアイク&ティナ・ターナーに関する言葉遊びをラップに織り込み、彼らの大邸宅でのセクシーなツアーに誘う。玄関ホールからバスタブに向かい、ビヨンセはそこで、“サーフボード(=ジェイ・Z)に乗る”のだ。

感傷的なスローナンバー「ロケット」(“あなたの上に腰を下ろさせて”)から、フランク・オーシャンとのデュエット「スーパーパワー」まで、アルバムを通して、みだらな恍惚感を表現している。官能的なティンバランド・プロデュース「パーティション」では、彼女とジェイはリムジンの後部座席で欲情していく。彼女は運転手に警告せずにはいられない。“ドライバー、パーティションを上げて。’Yonce(ビヨンセの分身)がひざまずいてるのを見られたくない”と。しかし、車がクラブに到着もしないうちに、 “彼は私のガウンの中に出しちゃったわ”。

ビヨンセは、「ゴースト」で告白しているとおり、ポップスターのお決まりパターンに“飽き飽き”しているのだろう。だが、よほどの自信過剰でもなければ、本作のような偉業を成し得ることはできなかったはずだ。そして、その思い上がりが、世界をより良い、よりビヨンセらしい場所にしていくのだ。

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