ボブ・ディランは、あらゆる声を駆使して歌ってきた。「ア・ハード・レインズ・ア・ゴナ・フォール」では、鼻にかかったわめき声で警鐘を鳴らし、「ライク・ア・ローリング・ストーン」では、アシッドな声で転落を告げ、『地下室(ザ・ベースメント・テープス)』では隠者に扮し、2001年の『ラヴ・アンド・セフト』と2006年の『モダン・タイムス』では、放浪者のように不平を漏らした。しかし、68歳になるディランが、ここまで荒れ狂い、憤り、そして元気なのは初めてだ。これは茫漠として、複雑な作品だ。歌詞はまるで初稿のようで、随所で急いで書き上げたかのようにも見え、ツアーの合間に録ったバンドの演奏は、間に合わせでアレンジしたような雰囲気だ。しかしこの10曲を通して発せられる、不気味なまでに人を引き付ける磁力の中心を成すのは、ディランの味わい深く、真に迫った歌声だ。本作は瞬時に古典とみなされるようなオーラに欠けるかもしれないが、心打つ瞬間が随所にちりばめられ、頑固なまでの生々しさを保ち、ゾクゾクするほど素晴らしい出来栄えとなっている。

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