2011年リリースのビョークのアルバム『バイオフィリア』は、分子レベルから宇宙レベルにいたるまで、あらゆる世界を取り上げた作品で、対話型アプリケーションを含む入り組んだフォーマットで提供された。しかし彼女の最新アルバムは、これ以上ないほどにシンプルだ。ポップ・ミュージックにおける最もポピュラーな題材、“失恋”を取り上げている。しかしながらビョークの手にかかると、単純であったはずのものでさえ、複雑なものとなる。オーケストラのストリングスとエレクトロニック・ビートが特徴の『Vulnicura』は、ダークで、こちらに押し寄せてくるような迫力を持った作品。彼女の子供の父親であるマシュー・バーニーとの関係が反映されていて、ある種の自叙伝と言えよう。もしかすると、彼女の最も悲痛な気持ちが込められたアルバムであるかもしれない。

 アルバムの最初の6曲はどのような危機だったかを表現し、その中心となる「Black Lake」は10分にも及ぶ長さだ。この作品の中で最も破滅的な同曲は、古傷に触れる歌詞(“あなたの心は空洞”)と押し殺した感情のようなドローンで構成され、ゆっくりと展開する。エレクトロニックの天才、アルカとザ・ハクサン・クロークはそこここにアレンジを加えている。「Atom Dance」はアントニーとのデュエット曲で、『2001年宇宙の旅』における人間とコンピュータの断絶を思い起こさせる。しかし本作は、本質的には孤独で、心乱れながらも不屈な魂を持っている女性の音楽だ。「Black Lake」で“r”の発音を震わせながら、自分は“ロケット/今帰郷する”と宣言するビョーク。たとえ傷ついてはいても、勝利者は彼女なのだ。

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