『ロックの殿堂』入りを果たしたグリーン・デイの軌跡:22の大事な出来事

(Photo by Kevin Mazur/WireImage for Rock and Roll Hall of Fame)

伝説のウッドストックでのライヴ


94年のウッドストック・フェスティバルはエアロスミスやボブ・ディラン、メタリカ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズなどのメジャー・アーティストの出演を豪語していたが、8月14日に最も印象に残るパフォーマンスをしたのはグリーン・デイ(ひょっとすると彼らのファンかもしれない)だった。セットの大部分に泥が投げつけられた後、アームストロングは『ペーパー・ランターンズ』の演奏中にギター置き、観客に大量の泥を投げ返した。文字通りの泥仕合から発展し、最終的にはファンがステージに押し寄せたためバンドは演奏を中断した。直後の混乱の中、警備員がベーシストのダーントを観客のひとりだと勘違いしてタックルし、彼の歯を数本折った。「これはラブ&ピースじゃない」とアームストロングはあざけるように叫んだ。「とんでもなくアナーキーだ」!

最優秀オルタナティヴ・ロック・パフォーマンス賞受賞


『ドゥーキー』は、1995年3月1日の第37回グラミー賞までに4作のヒット・シングルを生み出し、全米だけで売り上げが600万枚を超えた。だから4部門でノミネートされ、『ドゥーキー』で最優秀オルタナティヴ・ロック・パフォーマンス賞のトロフィーを受け取った授賞式はグリーン・デイにとってウイニングランみたいなものだった。最優秀新人賞部門ではシェリル・クロウに負けてしまったが、少なくともクロウの場合は、サード・アルバムではなく彼女のデビュー作でノミネートされていた。

予期せぬこと


90年代後半から2000年代前半、グリーン・デイは商業的な低迷期を乗り切っていた。しかしこの時期に彼らのスタイルらしくない穏やかな曲『グッド・リダンス(タイム・オブ・ユア・ライフ)』で大ヒットも生み出した。1997年10月17日にシングルとしてリリースされ、『となりのサインフェルド』や『ER 緊急救命室』の涙を誘うシーンのサウンドトラックに採用され、多くの高校のプロムで使われたのは言うまでもない。アコースティック・ギターの音と全体的にメロウな調子はダーントに、この曲はバンドが今までにしてきた中で一番「パンクロック」なことだと言わしめたが、「グッド・リダンス」にはもっと伝統的にパンクな瞬間があった。例えば、アームストロングがギターのイントロをしくじった時に、聞こえるような声で「ファック」と言うこと。それから、ワープド・ツアーでアームストロングがこの曲を演奏している間にトレがドラムに火をつけたことなど…

世界の頂点に


1990年代半ば、MTVはグリーン・デイの曲を流さずに10分経つことがなかったほどなのに、バンドがMTV Video Music Awardsの『ムーンマン』像を初めて勝ち取ったのは1998年9月10日のことだった。受賞後のカート・ロダーとのインタヴュー中、クールは祝賀の(もしかしたら退屈な)場から抜け出し、ユニバーサル・スタジオの回転する地球儀によじ登り、一回りしながらファンに笑顔で手を振った。教養のあるプロなので彼は地球儀から降り、ロダーと仲間のもとへ戻って来て礼儀正しくインタヴューを終了した。「俺は何にでも乗る」とトレは後で説明した。「スーパーの前にある馬の遊具も好きだよ」

初めてのチャート1位


2004年、バンドが制作した1時間のパンクロック・オペラは、彼らの人気が最盛期をすぎたようであり、メインストリームの大ヒットにつながる秘策には見えなかった。それなのに『ドゥーキー』での大躍進からまる10年が経ってから生まれた『アメリカン・イディオット』は大ヒットした。2004年9月20日にリリースされたこの政治色の強いコンセプト・アルバムは、『ジーザス・オブ・サバービア』や『セイント・ジミー』『ワッツァーネイム』などの派手なタイトルの特徴的な曲でアメリカの衰退を通り抜け、グリーン・デイ初のチャート1位のアルバムになった。Billboard 200で初登場1位を獲得し、最終的には全米だけで600万枚以上を売り上げた。

Translation by Deluca Shizuka

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