ザ・リバー・ボックス〜THE TIES THAT BIND: THE RIVER COLLECTION

スプリングスティーンは『ザ・リバー』で、音楽的にひと皮むけたと言える。彼の作った楽曲は、『明日なき暴走』のように少々芝居がかった雰囲気を持ちながら、『闇に吠える街』の“人生における苦闘”に焦点を当てるものだった。描かれるのはほんのちょっとした物語であり、具体的なディテールに富んでいた。スプリングスティーンは長らくこのテーマを扱ってきた。これら楽曲でも前進するための道を切り開こうとしている。その道は、ただ美しいだけではない。

『ザ・リバー・ボックス〜』を聴くと、スプリングスティーンがいかに死に物狂いで楽曲制作に向かっていたかがわかる。曲に込められた問いかけ同様、その必死さに限りはない。80年にリリースされた2枚組アルバム『ザ・リバー』に、未発表曲を半分含む22曲のアウトテイクを追加した本作。一旦、79年にレコード会社に納品するも、結局は持ち帰った10曲入りアルバム『ザ・タイズ・ザット・バインド』(追加楽曲を録音し、翌年『ザ・リバー』として発表)まで収録されている。決して過渡期の作品ではない。そのサウンドに迷いはなく、それゆえ本作は、スプリングスティーンが過去にリリースしたアルバムのボックスセットの中でも、最も満足のいくものとなっている。『チェーン・ライトニング』や『ミスター・アウトサイド』といった無造作な楽曲でさえ、切迫感に溢れている。

 ライヴの息遣いを捉えたアルバムを作りたいと望んでいたスプリングスティーン。バラードに重きを置いたアルバムを持ち帰り、ガレージ・バンドふうの勢いある楽曲を追加収録して、アルバムを膨らませたのはそのためだ。3分間のポップ・ソングには、彼が“終わりなき今”と呼んだものが横溢している。路上で楽しめる音楽を作ってはいつつも、家や家族を持つことへの欲望を歌にしていた。『ザ・リバー・ボックス〜』の音は濃厚で、狭い場所に閉じ込められた感覚に陥る。バーやアパート、スタジオといった部屋にいながら、外の世界に意義を求めようと奮闘しているかのようだ。バンドは“曲”という枠組みを打ち壊そうと戦い、天空に突き抜けるクラレンス・クレモンズのソロによって導かれていく。

 コンサートを収録したDVDには、ライヴ中の生き生きとした姿が収められている。おおかたのコンサート映像のごとく、一度きりしか観ない作品かもしれない。だが問題ない。その音楽は10代の夢でいっぱいだ。運が良ければ、物語は決して終わることはないのだ。

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