イーグルス・オブ・デス・メタルが語る、パリ同時テロ悪夢の一夜

U2のパリライヴにゲスト出演した翌日、フロントマンのジェス・ヒューズらメンバーはバタクラン劇場を訪れた(David Wolff- patrick/Getty Images)

イーグルス・オブ・デス・メタル、バタクラン劇場での悪夢の一夜を語る

最初にニュースを聞いたものの中には、おなじみのミュージシャン連中もいた。11月13日、ダン・オーバックと彼の新しいバンドであるジ・アークスは、パリのル・トリアノンでライヴを始めたばかりだった。

その時彼らは、外でサイレンが鳴るのを聞き、続いて3キロも離れていないバタクラン劇場からの情報を知った。「みんなが「銃撃があった」と口々に言いはじめた」とオーバック。「それから、イーグルス・オブ・デス・メタルのコンサートで爆発があったとも。で、俺は言ったんだ。「冗談だろ?」って」。その夜、パリに一時在住していたレニー・クラヴィッツは、バンド仲間から、地元のケータリングビジネスのオーナーであり、クラヴィッツやイーグルス・オブ・デス・メタルとも商売してきたヘレン・ジェーン・ウィルソンがバタクラン劇場の中にいて、負傷したことを聞かされた。クラヴィッツは言う。「ひでえよな」


いったい何が起こったのか、その詳細をすぐに世界中が知ることになった。1500人を収容できる伝説的なコンサートホール、バタクラン劇場をイスラム国傘下のテロリストが襲撃。銃を乱射し、89人を殺害した。その夜実行された組織的テロの中では、犠牲者数が最も多かった。(この記事を執筆した時点で)今回のテロでの死者の合計は130人にものぼる。突如として、陽気なロックンロールに邁進してきたバンド、そしてエディット・ピアフからジェフ・ベック、プリンスまでさまざまなアーティストたちが公演してきたパリの会場が、音楽史における「最悪の夜」の中心となった。ウェブメディア、ヴァイスでのインタヴューで、心に傷を負ったバンドメンバーは命からがら逃げ出したこと、そして、その時見た恐ろしい光景について語った。「銃撃は10分か15分くらい続いた」とベーシストのマット・マクジャンキンス。「ようやく終わって、少し胸をなでおろした。そうしたら、また始まったんだ」

犠牲者の多くは、金曜の夜に娯楽を求めて出かけてきたファンたち─26歳でインディーズ映画を製作しているマキシム・ブファール、23歳でデザイン学校生徒のエロディ・ブルイユのような人々だ。しかし中には、音楽業界で働くプロたちもいた。36歳でバンドのマーチャンダイズを担当するニック・アレクサンダー(以前、ザ・ブラック・キーズやパニック!アット・ザ・ディスコのツアーに同行した経験がある)は、最初に報じられた犠牲者のひとりだった。ブラック・キーズのドラマー、パトリック・カーニーは語る。「ツアーに出ると、彼はとてもうれしそうだった。誰よりもね」。他の犠牲者には、パリの音楽ジャーナリスト(であり、かつてフランス版ローリングストーン誌のコントリビュータでもあった)、ギヨーム・B・ドゥシェルフもいた。2人の子を持つ43歳の父親である彼は、ちょうど地元のロックマガジンで、イーグルス・オブ・デス・メタルの最新アルバムをべた褒めしていた。

Translation by Shinjiro Fujita

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