「ヒラリー・クリントンを大統領に」:ローリングストーン誌創刊編集長ヤン・S・ウェナーが語る大統領選

Illustration by Roberto Parada


これに対しヒラリー・クリントンは、現代の大統領選を通じて最も資質が備わった候補者の1人だ。アル・ゴアもそうだった。そのゴアが敗れてジョージ・W・ブッシュが当選し、アメリカ史上最悪の大統領の1人とも言われるありさまになった末に何が起こったか、私たちは忘れるわけにいかない。ラルフ・ネーダーの酔狂に投じられた票がゴアの大統領当選を阻む結果になった。今度は「抗議票」によって、大統領、議会、最高裁が今の共和党を支配する極右勢力の手に握られる結果になったら、この国に何が起こることになるのか、類推してみてほしい。

クリントンはファーストレディー、上院議員、国務長官としての経験と実績をもつだけでなく、若い頃から社会的公正と人権の向上に取り組んできた。彼女は、時代の熱き大義に身を投じた1960年代の学生の1人であり、それを今日に至っても続けている。

クリントンとサンダースの討論は人々の心を震わせている。これほどの知性、品格、実質を見せてくれている2人に敬意を表する。共和党の候補者たちの陳腐さと愚かさとの違いに呆然とする。まるで、平らな地球と丸い地球という2つの宇宙が存在しているかのようだ。その一方では、アメリカは揺れ落ちてゆく弱い国。もう一方では、アメリカは今も希望と夢の国だ。

私は、クリントンの誠実さと信頼性について疑問の声が上がるのを聞き続けているが、現実あるいは事実としての根拠はどこにあるのだろうか。これは、クリントン夫妻──それにオバマ大統領──に対する共和党の中傷キャンペーンの余煙だ。結局のところ、ベンガジ事件や私用メール問題を含めて、すべては言いがかりだった。7度にわたる共和党主導の議会による調査は完全な空振りだった。


戦いの場での経験は貴重であり、それには過ちだけでなく知恵も伴ってくる。クリントンが14年前にブッシュのイラク侵攻に賛成票を投じたことは、多くの議員が犯したきわめて大きな過ちだったが、イデオロギーの純度試験で不合格に相当するようなものではない。


ローリングストーンは、初めて18歳に投票権が与えられた1972年から「若者票」を擁護してきた。当時はベトナム戦争が日常生活上の現実であり、サウスダコタ州出身のリベラルな反戦活動家、ジョージ・マクガバン上院議員がアメリカの若者の最初の受け皿となり、ハンター・S・トンプソンが本誌初の大統領選特集記事を書いた。私たちはマクガバンのために猛烈に働いた。結果は失敗で、ニクソンが地滑り的勝利で再選された。しかし、私たちはごく明確な教訓を学んだ。アメリカはイデオロギーの両端でなく中間から大統領を選ぶのだ、と。私たちは再び、その決定に直面している。


2016年の「若者票」は何を求めているのか。それはいつものように理想主義、高潔さ、「本物であること」に関係していると私は思っている。つまり、率直に話してくれる候補だ。大きな希望と夢の一部分になることは陶酔感を呼ぶ──2016年の言葉では"feel the Bern"(バーニー・サンダースの熱さを感じろ)だ。


サンダースが権力者たちに真実を突きつけるのを聞くと、私たちは「本物」を感じるが、それとは別にもう1つの「本物」がある。同じように耳に心地よいとは限らないが、きわめて重要なもので、それはクリントンが次のような事柄について率直に語るときに感じられる──本当の変革には何が必要なのかということ、前進を重ね続けていくこと、医療・クリーンエネルギー・経済分野におけるオバマの成果にさらに上積みしていくこと、市民権を拡大すること。理性でなく怒りに対する訴えかけ、可能性に挑む解決策でなく単純化された解決策の訴えかけには、本物とは逆のいかがわしさがある。これはドナルド・トランプにあてはまり、また悲しいことにサンダースについてもあてはまる。

Translation by Mamoru Nagai

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