ビリー・コーガンが語る、スマッシング・パンプキンズの最新ツアーとTwitterを辞めた理由

間もなく始まるスマッシング・パンプキンズの「In Plainsong」ツアーとバンドの遺産が重荷になり得る理由について語るビリー・コーガン。(Photo by Gabriel Olsen/Getty Images for CBS Radio)


─今回のツアーで追加公演の案内が出続けていますが、皆がこのコンセプトに強い共感を示しているのは喜ばしいことですね。

ああ、バンドは復活の最中だ。このバンドを愛する人たちやバンドに興味を持ち始めてくれる新しいファン、バンドの音楽を愛し、バンドの奥深さまで愛する人たちすべてが指標になるよ。取り組めば取り組むほど、より多くの反応を得られる。彼らはバンドが妥協するところを見たくないし、何年も同じ10曲だけを演奏するようなバンドにはなってほしくないと思っている。ファンの皆から「レパートリー全部を演奏してほしい。私たちを毎年新しい旅に連れて行ってほしい」と何度も何度も言われているんだ。だから「In Plainsong」ツアーのようなことをして、こんな素晴らしい反応を得られるのはすごく嬉しいよ。

頬をつねって夢じゃないか確認したりはしないけど、もしかしたら音楽が人生で重要な存在である頃に戻っているみたいだ。皆が俺に対して昔と同じ見方をし出しているし、このツアーのあり方もそうだ。このことについては詳しく話さないでいた方が良いな。

─今、順調に進んでいるようですね。復帰したばかりの頃は、たくさんの重荷を背負い込んでいる印象がありましたが、今はそれがすっかりなくなったように見えます。

自己弁護としてひとつ言っておきたいんだが、俺たちが復帰した頃、皆すぐに興味を持ってくれないってことは分かっていた。俺の過去と現在を切り離すような人たち、つまり今の俺のことをあのアルバムを作った男とは別人だと見なすような人たちのことは考慮しなかった。だからすごく変だった。よく自分について書かれたものを読むと、俺がどういうわけか消えたか死んだ別の男の地位を引き継いだ人間であるように書かれることが多かった。ものすごく居心地が悪かったよ。でも前にも言ったように、人と音楽の関わり方や人についての考え方も変えるソーシャル・メディアのやり方に対する理解は少し鈍かったんだ。誰かが1994年の自分を好きになり、ビデオや音楽、写真など何でもあるコンピュータの前にいる場合、今日の自分は彼らにとって宇宙人であることを理解するのが遅かったみたいだ。

─結成メンバー全員で古い楽曲だけを演奏するピクシーズのように、バンド再結成に関してある種のテンプレートがあったと思います。あなたが違うことをしたので、皆が困惑し動揺したのですね。

まあ、俺は論争を引き起こすタイプだから話題になるのは分かっていたよ。基本的に俺たちが主張できるよう譲歩しない輩は考慮に入れていなかった。もし君が携わっているビジネスを最高レベルまで極めることができたとして、誰かが君の成し遂げたことを文字通り消し去り、自分が書いていない物語の侵入者のように君を扱うことを理解しろというのはおかしいだろう。だから、いつも社会正義活動の中でこういう話が繰り広げられるんだよ。もし一言間違ったことを言えば、成し遂げてきた良いことすべてが帳消しになってしまう。

俺たちが今生きている世界だから文句は言えない。俺は今日の自分が、過去の自分や自分がそうだと考えている自分とは何の関係もないと決めつける人がいた場合に、対処する術がないということを理解するのに時間がかかってしまった。彼らが暮らし、俺たちがその術中にはまったり、彼らが光に集まる蛾みたいに最終的にやって来る場所を築いたりする世界は、つまらないファンタジーみたいだ。それが分かってからすぐに、音楽的な観点で一から人生を立て直そうとまた取り組み始めたよ。今ようやく、その成果が実を結ぶ時が来て、できる限り口を閉ざしておくべきという、少なくともひとつの教訓を得たと思う。



プロレスに対するビリー・コーガンの情熱についてのミニ・ドキュメンタリー
米ローリングストーン誌1257号(2016年3月9日発売)より

Translation by Shizuka De Luca

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