ガンズ・アンド・ローゼズ vs ニルヴァーナ:オルタナティヴ時代のロック・カルチャー戦争の終焉

1992年12月:カート、アドヴォケイト誌でアクセルを非難

LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)誌『アドヴォケイト』が行った有名なインタヴューで、カートはバックステージでのアクセルとの一件を事細かに語り、ふたたびガンズ・アンド・ローゼズを侮辱する発言をした。ミュージシャンとして、そして人間として。また、アクセルを「同性愛に理解のない、性差別主義者で人種差別主義者のクズ野郎だ。君たちはヤツの側にはつけないよ。俺たちの側にもね。こんな風に線を引かなきゃならないのは残念だけど、君たちにとって無視できないことだからね。あ、それと、ヤツらにはいい音楽が書けない」と評した。



1994年3月:カート・コバーンとダフ・マッケイガン、飛行機で談笑

ニルヴァーナのフロントマンが自殺する数日前のこと、シアトルへ戻る飛行機の中で、カート・コバーンは隣に座っているのがダフ・マッケイガンだと気づいた。ふたりのミュージシャンは、リハビリ、依存症、そして共通の友達の話をした。「家に帰る感じだなって話をしたよ」と、マッケイガンは後に語っている。「そう、彼は"家に帰るんだ"と言ってた」。マッケイガンはコバーンの家まで車で送ろうとしたが、申し出る前に彼の姿は消えていた。コバーンの伝記を書いたチャールズ・R・クロスは、伝記 『ヘヴィアー・ザン・ヘヴン』の中で、バンド同士は敵対関係にあったが、コバーンはマッケイガンに会えたことを喜んでいたと記している。



1994年:マット・ソーラム、カートの自殺を受けデイヴ・グロールへ弔意の電話

一気に火が付いたのと同じように、両チーム間の対立はみるみる収束していった。そして、1994年4月、コバーンの自殺を受け、少なくともひとりのガンズ・アンド・ローゼズのメンバーがニルヴァーナ側に歩み寄った。「カートが死んで、真っ先にマット・ソーラムから電話があった」と、グロールはテレビ番組『ザ・デイリー・ショー』でジョン・スチュワートに語った。「彼は“本当に残念だ。どうか気をしっかり持ってくれ”とメッセージを残してくれていた。何て粋な心遣いなんだ、と思ったよ」



2010年2月:ダフ・マッケイガン、ビデオ・ミュージック・アワードでの非礼をクリス・ノヴォセリックに謝罪

シアトル・ウィークリー紙に寄せたコラムで、ガンズ・アンド・ローゼズのベース、ダフ・マッケイガンは、1992年のMTVビデオ・ミュージック・アワードでの振る舞いについて謝罪した。「ニルヴァーナ側が俺たちを中傷してるのを聞いて、カッとなった」と、マッケイガンは書いている。「へべれけに酔ってた上にヤクでハイになってたから、自分に都合のいい声が聞こえた。そして、バックステージでクリス・ノヴォセリックに詰め寄った。自分をコントロールできなかったんだ。クリス、あのときは本当にすまなかった」

Translation by Naoko Nozawa

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