プリンスの恩師による回想録:稀代の天才の素顔を語る

デビュー前のプリンスにレコーディングの機会を与えたぺぺ・ウィリー(photo by Sherry Rayn Barnett/Getty Images)

プリンスの才能をいち早く見抜いたぺぺ・ウィリーが語る、94イーストとのレコーディング・セッション秘話。

1978年発表のデビューアルバム『フォー・ユー』において、プリンスはプロデュース、作曲、編曲、そしてすべての楽器の演奏を担当している。あらゆる分野で才能を発揮する若干19歳の新人の登場は、当時の音楽業界に衝撃を与えた。

その数年前、グランド・セントラルというバンドに所属していたプリンスの才能をいち早く見抜いたのは、彼の従姉妹のショーンテル・マンダーヴィルの夫であるぺぺ・ウィリーだった。ぺぺの叔父はリトル・アンソニーとザ・インペリアルズのメンバーであり、ぺぺは幼少期を過ごしたニューヨークで頻繁に叔父のライブに足を運び、やがてバンドのツアーマネージャーを務めるようになった。マルチ・インストゥルメンタリストでもあった彼はその後ミネアポリスに移住し、自身のバンドの94イーストを結成する。

1975年、ぺぺは当時10代だったプリンスを94イーストのレコーディングセッションに招いた。プリンスにとっては初めてのレコーディングだったが、後に発表された『ミネアポリス・ジーニアス』『シンボリック・ビギニング』『ザ・クックハウス5』には彼の名前がクレジットされている。プリンスが本格的にキャリアをスタートさせた頃、彼はウィリーの自宅でリハーサルを行っていたという。

プリンス逝去の事実を、ウィリーは自宅で見ていたニュース番組で知ったという。「とても信じられなかった」彼はローリングストーン誌にそう語った。「嘘であって欲しいと思った。事実としてすぐに受け止めることができなかった」と、悲痛な思いを抱きながらも、彼はプリンスとの出会いについて語ってくれた。

Translation by Masaaki Yoshida

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