プリンスの長年のパートナーが語る『パープル・レイン』をめぐる狂騒、ワーナーとの確執

プリンスが絶大な信頼を寄せたアラン・リーズが語った、『パープル・レイン』の桁外れの成功がもたらした混乱、そしてレコード会社との対立(Photo:Getty)


―その後の数年間で、プリンスはドリーム・ファクトリー、カミール、クリスタル・ボールといった複数のプロジェクトを手がけています。3枚組のアルバムをリリースするという彼の希望にワーナーが反発し、結果的に2枚組として発表されたのが『サイン・オブ・ザ・タイムズ』でした。あの出来事がワーナーとの確執の始まりだったのでしょうか?

そのとおりだ。もちろん過去にも意見の食い違いはあったが、後にしこりを残すような対立はあれが最初だった。何らかの理由でお蔵入りとなったドリーム・ファクトリー、カミール、そしてクリスタル・ボールという3作の集大成といえる『サイン・オブ・ザ・タイムズ』は、皮肉にもワーナーとの摩擦から生まれたということだよ。彼は全面的に争ったが、最終的にはレーベルに屈したんだ。

『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』と『パレード』の2作は、商業的には『パープル・レイン』で収めた成功に遠く及ばなかった。だから当時ワーナーの人間が考えていたのは「もう一度1300万枚売れるレコードを出す」ということだけだった。アート性の強い難解な作品ではなくね。内容よりもセールス重視というわけさ。『サイン・オブ・ザ・タイムズ』からもヒットシングルは生まれたが、マーケティング戦略がもっと優れていれば、あの作品はより大きな成功を収めることができたはずだと私は思っている。今となっては言い訳のようにしか聞こえないだろうがね。とにかく、ワーナーとの確執の発端があの作品であったことは紛れもない事実だ。

―アメリカでは『サイン・オブ・ザ・タイムズ』のツアーが行われませんでした。その決定をめぐり、多くの議論が交わされたことは容易に想像できます。

我々はもちろんアメリカでツアーを行うべきだと考えていたが、彼は首を横に振り続けた。ヨーロッパツアーを経て、彼はショーに対するモチベーションを既に失ってしまっていたんだ。シングルカットされた『イフ・アイ・ウォズ・ユア・ガールフレンド』が、期待したほどの反響を得られなかったことも関係していたかもしれない。我々がプリンスの決定に口を挟むことは許されなかったように思われているかもしれないが、そんなことはなかった。彼の考えが正しくないと思った時には、我々は必ず話し合いの機会を設け、それによって彼が考えを改めることもあった。しかしあのツアーにおいては、彼は我々の意見を決して聞き入れようとしなかった。『パープル・レイン』が収めたとてつもない成功に比べ、『サイン・オブ・ザ・タイムズ』のツアーが見劣りすると感じていたのかもしれない。

Translation by Masaaki Yoshida

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