カート・コバーンの娘フランシスが挑んだ、父の真の姿を伝えるという使命

カートの母親と妹、そしてクリス・ノヴォセリックは、『モンタージュ・オブ・ヘック』についての本誌の取材を拒否した。ラヴは同作を観ることはもう2度とないかもしれないと話す。「涙が止まらなかった」彼女はそう話す。「古傷をえぐるかのようだった」それでも彼女は、同作が「娘との距離を近づけてくれた」こと、そしてフランシスの父親に対する思いを変化させたことを認めている。

その変化はモーゲンと彼女が握手を交わした直後、彼がフランシスと共にカートのアーカイブルームを訪れた時から現れ始めていた。そこに行くのは2度目だったが、弁護士による財産目録の確認等が目的だった前回は「奇妙な気分になった」と、彼女は顔をしかめる。しかしモーゲンに付き添われた今回は、保管された様々な物を手に取り、とりわけギターケースの中にぎっしりと詰め込まれた画材に強い関心を示した。「バービーのペイントキットに入ってそうなピンクのブラシが入ってたの。筆先は油性絵の具で固まってたわ」

「パパの匂いだと思った」彼女はそう話す。「子どもの頃大切にしてたクマのぬいぐるみと同じ匂いがしたの。あれがパパの匂いだってことは知ってるから。そのブラシを手に取って、これでいろんな絵を描いたんだなって思うと、いつになく父親を身近に感じることができたの」

「そうだったの」その話を聞いたラヴは深いため息をついた。「知らなかったわ。私にはそんな話をしてくれなかったから」

「曲を聴いてみるかい?」

家具がほとんどないロサンゼルスのオフィスで、無数のMP3ファイルを表示した2台のスクリーンを見つめるモーゲンは、ここで『モンタージュ・オブ・ヘック』のサウンドトラックの選曲作業を進めている。同作にはニルヴァーナの曲は収録されず、膨大なコレクションの中から厳選されたデモ音源、ソングライティング用のテープ、そしてカートの肉声としてモーゲンが劇中で多用したブリコラージュ等で構成されるという。

画面をスクロールさせながら、モーゲンは荒削りで情熱的、そして不吉さを漂わせる音源を幾つかかけた。「全部カートが自宅で録ったものだよ」モーゲンはそう話す。その中には、カートとラヴの自宅でのキスシーンで流れる、痛々しさを感じさせるビートルズのカヴァー『アンド・アイ・ラヴ・ハー』のフルバージョンも含まれていた。ブラック・サバスを思わせるギターリフとファルセットが印象的な、『リハッシュ』という仮タイトルが付けられたオリジナル曲には、「ソロ、ソロ」「コーラス、コーラス」という間に合わせのヴォーカルパートが収録されていた。チャーミングなアコースティックギターのインストゥルメンタルかと思いきや、突如意味不明な奇声が押し寄せる曲もある。「彼の作曲プロセスそのものが、こんな風に長尺の音源として残されているんだ」モーゲンはそう話す。「ストップ、スタート、またストップ、まったく新しい曲を始める、そんな具合にね」

カートのアーアイブルームを訪れたある日、モーゲンは「Casette」というラベルが貼られた箱を見つけた。200時間以上に及ぶ音源を収めた108本のテープの中には、カートが手書きで『モンタージュ・オブ・ヘック』と記したカセットもあった。「あのカセットの山は、ありのままのカートを知るための貴重な素材だった」モーゲンはそう話す。劇中のグラフィックノベルを思わせるアニメーションのシーンで、カートは高校時代に初めて自殺を試みた時のことについて、恐ろしいほど淡々とした口調で語っている。

「あのテープを見つけた時点では、僕はまだ日記の存在を知らなかった」そう話すモーゲンは、後になってその失敗に終わったセッションの日の記録を読んでみたという。「彼は歌詞を書き、ブースで録音し、中断し、テイクを繰り返していた」しかしモーゲンにショックを与えたのは、自殺を仄めかす記述そのものではなく、彼が自殺を考えるに至った理由だった。「彼が受けた侮辱は、どこまでも残酷だった」

カートより1歳年下のモーゲンは、1968年にロサンゼルス近郊に生まれた。カートと同様に、彼も9歳の頃に両親の離婚を経験した。「カートの気持ちが、僕には痛いほどよく分かった」モーゲンはそう話す。彼は1990年にマサチューセッツのハンプシャー大学で、また1993年にはロサンゼルスのザ・フォーラムで、それぞれニルヴァーナのライブを観ている。

「普通じゃ考えられないくらい細かな部分にまで、ブレットは徹底的にこだわるんだ」本作におけるカートのアートと日記のアニメーション化を担当した、ステファン・ナデルマンはそう話す。「彼ほどディティールにこだわる人間には会ったことがないよ」彼の作風に関して、フランシスやカートの家族、そしてHBOから出されていた意見を、モーゲンは一切彼に伝えなかったという。「彼自身が完全に納得するまで、彼は僕が作ったアニメーションを誰にも見せなかった。おかげで完成品には一発でオーケーが出たよ」

制作が進められていた2013年のクリスマスに、ラヴはメリークリスマスの言葉と共に、「映画の進行状況はどう?」と綴ったメールをモーゲンに送った。彼は簡潔にこう返信したという。「フランシスのための作品になりそうだよ」それに対してフランシスは、彼の思う通りに進めてほしいと念を押した上でこう伝えたという。「私の役目は、完成した作品を見届けることだから」

そうは言えど、レアな写真やインタビューの発掘という面で、彼女は作品に大きく貢献している。『モンタージュ・オブ・ヘック』のアーカイヴ・プロデューサーを務めたジェシカ・バーマン・ボグダン曰く、同作の制作における課題の一つは、カートの友人だったフリーランスライターやフォトグラファーといった、表立って活動していない人々に連絡を取ることだったという。「フランシスが作品に関わっていることを知って、彼らは未編集のテープや、カートにゆかりのある人物の連絡先を提供してくれたの」彼女はそう話す。「インタビュー音源の提供者の中には、こんな風に言ってきた人もいたわ。『このテープを彼女に聴かせてあげてほしい。彼女が持っているべきだって、ずっと思ってたんだ』」

Translated by Masaaki Yoshida

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