インドの古典音楽をめぐるミナクマリとユザーンの人生論

─では、ユザーンさんが「インドの音楽と、それ以外の音楽をミックスさせよう」と思ったのは?

ユザーン:「インドの音楽と、それ以外の音楽をミックスさせよう」という気持ちで音楽を作ったことはないですね。僕がやっている音楽の基本にあるのは、インド音楽と他のものを融合させることではなくて、タブラという大好きな楽器を演奏することなんですよ。もちろんタブラはインドの楽器だし、インド古典音楽のフォーマットで習うものだから、拍子の取り方やフレーズにインド音楽フレーバーは少なからず入ってくるとは思いますが。

─そうなんですね。

ユザーン:なので、どちらかといえばインド音楽とは全く違うことをやろうとしているのかもしれない。タブラの音だけを使ってテクノを作った「salmon cooks U-zhaan」名義の作品とか、同じくタブラだけでヒップホップのトラックを作り続けている「U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS」での活動とか。そういう、なるべく得意な方向に特化して突き詰めたほうがいいかなとも思うんですよ。人生ってずっと続くわけじゃないから、何もかもこなせるようになる必要なんて全然ない。どんどん特化していきたいなと思います。



─ユザーンさんは、ミナクマリの音楽を初めて聴いたときにどう思いました?

ユザーン:初めて聴いた時のことはちょっと覚えていないけど、今、アルバムが5枚目だっけ? それだけ継続してやっているのがまず凄いなと思う。僕は20年以上タブラを叩いてるけど、ソロ作品は1枚しか出してないし(笑)。ミナちゃんの楽曲で、「これは凄いな」と思ったのは『Meena』の2曲目、ガタム(南インドの打楽器)奏者の久野隆昭くんが参加している「夕空と雲」です。あれはとても好きで、いろんなラジオ番組でかけさせてもらったりしました。



─「夕空と雲」の、どんなところが良かったんですか?

ユザーン:非常に独創的ですよね。オリジナルであることがどれほど大切か、ということをザキール・フセイン先生から口酸っぱく言われるんですけど、そういう意味でも「夕空と雲」は素晴らしいと思います。コンナッコールっていう、南インドのボル(リズムを表す早口言葉)が延々と入り続けているポップスなんて普通は存在しないから(笑)。拍子も7拍子で始まって、4拍子のサビに行った後にまた7拍子に戻るという。でもそれが作為的じゃなくて、すごくナチュラルなんですよ。そういえば、あのアルバムにはタルビン・シン(タブラ奏者/音楽プロデューサー)も衝撃を受けたらしくて「ミナクマリってやばいな。俺のレーベルからリリースしないかな」って連絡が、なぜか僕のところにきました(笑)。

─いつもメロは、どんなときに思い浮かぶんですか?

ミナクマリ:鼻歌を歌いながら歩いているときとか。楽器を持っているときも思いつくし、曲はすぐ出来るかもしれない。でも歌詞は遅いんです。変なリズムだったりメロディだったりするのは、やっぱりインド音楽で習ったことが大きいのだと思います。古典は演奏できないけれども(笑)。

ユザーン:でも、別に古典音楽がやりたくてシタールを始めたわけじゃないんでしょ?

ミナクマリ:いや、そんなことないです! 古典やりたいですよぉ……。

ユザーン:じゃあなんでやらなかったの?

ミナクマリ:難しいのと、技術だけじゃない表現力ってあるじゃないですか。それを人前で、演奏者としてやる自信がなかったから。

─やっぱり、古典は難しいんですか?

ユザーン:どうだろう。シタールもタブラも、北インド古典音楽を演奏するために生まれた楽器だから、それを演奏するのが一番簡単だとも言えますよね。習う旋律や奏法も、全て古典音楽から来ているものだし。ミナちゃんが「インド音楽、難しい」と思ったのは、習得に必要なだけの時間を作ることが難しいと感じただけなんじゃないかな。それは、ミナちゃんがサボっているとかでは全然なくて、本能的に「自分がやるべきことはそっちじゃない」と判断したんだと思うけどね。

ミナクマリ:そっか。そうかもね。

ユザーン:もしインド音楽に時間を割いていたら、他の日本人シタール奏者と同じように、ミナちゃんも人前で弾けるくらいには絶対になっていたと思うけど。でもそれを選ばなかったからこそ今のミナクマリがあるわけだし、マッハくん(久野隆昭)と作ったあの「夕空と雲」は本当に凄いと思うし。インド人には絶対に作れない、ミナちゃんにしか作れないオリジナリティがあるわけだからさ。

ミナクマリ:いいこと言うなあ。

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