世界を制した映画『ブラックパンサー』監督と主演のエモーショナルな物語

オックスフォード大学では、シェイクスピアやベケット、ピンターといったヨーロッパの演劇史を代表する劇作家たちについて学んだ。「それでも黒人の劇作家の中には、彼らにも勝るとも劣らない才能の持ち主もいると思ってた」。彼はそう話す。「オーガスト・ウィルソンなんかがそうだ。彼の作品はシェイクスピアと同じくらい難易度が高く、ストーリーの壮大さだって決して引けを取らない」

大学卒業後、ボーズマンはブルックリンのベッドフォード=スタイベサントに移り住み、ニューヨークのヒップホップ・シアターのシーンに夢中になった。彼は有名ラッパーたちのパフォーマンスとギリシャの合唱団によるビートボクシングが交錯するミュージカルを手がけ、監督と脚本の両方を担当した。「今『ハミルトン』がやってることを、僕たちは15年前にやってたんだよ」。彼は誇らしげにそう話す。また生活費を稼ぐため、ハーレムにあるショーンバーグ黒人文化研究センターで、子どもたちに演技について教えていた時期もあった(「彼はその仕事にやりがいと喜びを感じていたわ」。ラシャドはそう話す。「その話をする時はいつも、本当にうれしそうだったもの」)。やがて『ロー&オーダー』『CSI:ニューヨーク』『コールドケース 迷宮事件簿』などの人気番組に出演するようになった彼は、『42~世界を変えた男~』のロビンソン役でその名を広く知らしめた。順調にキャリアを積みながらも、彼は17歳の頃に友人を失った経験から舞台を考案したときに感じた、自身の中にある何かを強く揺さぶるプロジェクトとの出会いを求めていたという。

「意義深いものじゃないとやりがいを感じられないんだ」。ボーズマンはそう話す。「それは僕のキャリアの始まりからずっと変わらない」

『ブラックパンサー』の出演オファーを受けた後、彼は父親にDNAテストを受けてもらうよう頼んだという。その理由はただ一つ、自身のルーツを詳しく知りたいという思いからだった。「AfricanAncestry.comっていうサイトがあるんだ」彼はそう話す。「自分の祖先が生まれた国だけじゃなく、彼らがどの部族に属していたのかってことまで分かるんだ」(参考:ナイジェリアのヨルバ族、シエラレオネのリンパ族およびメンデ族、ギニアビサウのジョラ族など)。またアメリカにおける自身の家系についても、彼は可能な限りさかのぼって調べたという。「これ以上さかのぼるには不動産鑑定しかないって言われたよ」。そう言って彼は苦笑する。


左からナキア(ルピタ・ニョンゴ)、ティ・チャラ/ブラックパンサー(チャドウィック・ボーズマン)、オコエ(ダナイ・グリラ)(Matt Kennedy/ © Marvel Studios 2018)

ティ・チャラを演じる上でのインスピレーションとして、ボーズマンはシャカ・ズールー、パトリス・ルムンバ、ネルソン・マンデラによるスピーチ、フェラ・クティの音楽などを挙げている。また彼はマサイ族についての文献に目を通し、ヨルバ族の聖職者ババラオと話す機会を持った。戦闘シーンにおいては、ダンベやングニ棒術、アンゴラ流カポエイラなど、撮影に備えて学んだアフリカの格闘技が活かされている。またリサーチ目的で南アフリカを2度訪れた彼は、ケープタウンのストリートミュージシャンからコサ語の名前をつけてもらったという。Mxolisiというその名前は、「平和の使者」を意味する。

「アフリカン・アメリカンである僕は、彼らの祖先と文化からは切り離された存在だということを、彼は言いたかったのかもしれない」。ボーズマンはそう話す。「その違いを認めた上で、彼は僕を受け入れてくれたんだ」

今作において彼が最も重要視したもの、それはアクセントだった。物語の中でワカンダの人々が話す英語には、南アフリカの公用語の一つであるコサ語の訛りが滲み出ている。「あれは大きな魅力だと僕は主張した」。ボーズマンはそう話す。「あのアクセントなしでは、この映画は成立しないとさえ思ってた。制作側は懸念を示していたけど、僕は心配無用だと説得した。アイリッシュやコックニー訛りと同じように、冒頭の5分間でオーディエンスの耳はアクセントに慣れるだろうし、必要ならその部分だけ字幕か何かを使ってもいいと思う。映画の世界じゃ常套手段だ」。彼はそう話す。「アフリカ訛りを特別視する必要はないんだよ」

本作にとって、バラク・オバマが重要な存在であることは言うまでもないだろう。『ブラックパンサー』の映画化案が持ち上がったとき、彼はまだアメリカ大統領の立場にあった。「彼という存在にインスパイアされた部分は少なくないと思う」。ボーズマンはそう話す。批判に耳を傾けながら、ただ黙々と責任をまっとうしていくというリーダー像を、ボーズマンは彼から学んだという。彼とクーグラーは、ワカンダの経済的繁栄と革新的技術を支える金属資源ヴィブラニウムを、現実の世界における核兵器のようなものと捉えていたという。「共通点は少なくないよ。午前3時に緊急の電話を受けるような立場につくのは、強い責任感を持った人物であるべきだ。(オバマや)ティ・チャラのようなね」

話は現在の大統領にも及んだ。世界を先導するアフリカ国家の王であり億万長者のティ・チャラなら、アフリカ諸国を「肥溜めのような国」と呼んだトランプ大統領にどう対峙したのだろうか?

昨年ボーズマンは「(トランプは)白人至上主義を後押ししている」と発言したが、この質問にはただ笑顔でこう答えた。「答えたいところだけど、やめておくよ。この時間を彼の話題なんかに割きたくないからね」

Translated by Masaaki Yoshida

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE