音楽・人・アート「媒介」の力で広がる小林武史のクリエイティブ

─本作もまさに「出会い」によって生まれた作品と言えますよね。ミスチルの桜井和寿さんやCharaさん、Salyuさんのような言わば「戦友」から、きのこ帝国の佐藤千亜妃さんやクリープハイプの尾崎世界観さんのような、おそらく最近知り合ったであろうミュージシャンも参加しています。

小林:本当、人によって関わり方はそれぞれで。桜井くんやCharaは、ある意味「出会い直している」ところもありますしね。僕は音楽プロデューサーを生業にしていて、Mr.Childrenやレミオロメン、MY LITTLE LOVERのような、長期的なヴィジョンを持って積み上げていくというやり方をした時期も当然ありました。最近はもっと瞬発的な関わりが多いのですが、何れにせよ「一期一会」というのが基本だった気がします。「音楽を媒介にして人と出会っていく」、あるいは「人を媒介として音楽と出会っていく」、どちらでもいいのですが(笑)。

─「つながり」や「出会い」、「一期一会」が小林さんにとって大きなテーマになっているのは、震災の影響もありましたか?

小林:ものすごくありましたね。もっといえば、911のNY同時多発テロの時から考えていました。奇しくも今年、6年ぶりに「ap bank fes」をつま恋で開催することになったのですが、2003年に「環境保全」を目的としたプロジェクトap bankを、桜井くんと一緒に立ち上げた時からその思いはブレずに来たし、2016年に「Reborn-Art Festival」をスタートしたことでさらに自由にもなったというか。

─小林さんがなぜ、被災地でアート・フェスティバルを開催しているかというと、アートを「コミュニケーション」の手段であると考えているからではないでしょうか。というのも、本作に収録された「What is Art?」には、「アートはコミュニケーションである」という小林さんと桜井さんのメッセージが込められているように感じたんです。

小林:音楽もアートの一つであってほしいと思っているのですが、「食」「暮らし」ときて「エンタメ」の枠に入れられてしまうことが多い(笑)。アートどころか、ミュージックですらなく「エンタメ」。でも、捉え方は人それぞれなんだという歌でもあります、「What is Art?」は。

─また、小林さんのキャリアの中でYEN TOWN BANDはとても大きかったのだなとあらためて思いました。個人的には、1996年にリリースされたファースト・アルバム『MONTAGE』や、同時期のミスチルのアルバム(『深海』や『BOLERO』)のサウンドが衝撃的だったんです。当時、レニー・クラヴィッツが愛用していたウォーターフロント・スタジオでのレコーディングでしたよね?

小林:『MONTAGE』が完成したときは、みんなきっと分かってくれるだろうと自信たっぷりだったのですが、あるお偉いさんはあれを聴いて「地味だなあ」って思ったんですって(笑)。「大丈夫かな……?」って一瞬不安になったんだけど、いざ発売してみたら若い人たちの間でものすごく話題になった。それでホッとしたのを覚えています。



─ヴィンテージ機材をふんだんに使ったアナログなサウンドは、当時の主流とは全く違うものでした。

小林:あのアルバムの何が凄かったか? って、楽器の発する初期衝動をちゃんと捉えていたことなんですよね。例えばそこで鳴っているベースを、さらに響くように増幅してやるとか、スネアを派手で立派にするためリバーブをたっぷりかけてやるとか、そういう発想とは真逆のこだわりがあった。コンプをパツパツにかけて音圧を上げるのではなく、一つ一つの楽器のダイナミズムをしっかり捉えること、それこそがリアルだと思ってやっていましたね。例えば、ミスチルの「シーラカンス」(『深海』収録)という曲では、桜井くんの弾くレスポール・ギターを敢えて小さいアンプを使って録った。決して派手ではないクラシックなサウンドなったんだけど、だからこそ新鮮に響いたのだと思います。

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