エンジニアが語る、ローリング・ストーンズの巨大アナログ盤ボックスセット完成の内幕

―このプロジェクトでオリジナルのマスターテープをトラックダウンするのに苦労しましたか?

オリジナルのマスターテープは1本もなかったよ。バンドのマネージメントが2〜3年前に音源をすべてデジタルでアーカイブしたから、彼らからハードドライヴを借りた。彼らは「これを24時間だけ貸し出すから、必要なものを全部ダウンロードしてから返してくれ」と言ってきた。そこにはハイレゾ音源がいくつもあって、そのほとんどがアナログテープが元音源のハイレゾ音源だった。彼らは「自分が作業しやすいと思うものを選んでくれ」って言ってくれたよ。

僕としてはテープが手に入ると嬉しかったけど、古いアナログテープはかなり繊細で、特に70年代後半から80年代前半のテープはあまり質が良くないから脆いんだよ。60年代のテープは丈夫でそれほど劣化していないけど、70年代と80年代のテープは非常に劣化しやすい。だから、今ではそういった古いテープを再生するのは良くないと考えられている。再生したらテープが劣化しちゃうからね。それに『ブラック・アンド・ブルー』のオリジナルテープをダメした犯人にはなりたくないもの(笑)。そんな心配をしながら作業するのも嫌だよ。もし彼らが貸してくれたハードドライヴに入っていたのが使えない音源だったら、きっと「これじゃダメだ、ハイクオリティなボックスセットにしたかったら、テープを再生してみて、もっと良いデジタル音源を作れるか試すのが先だ」と彼らに言ったはずさ。でも、彼らが提供してくれたハイレゾ音源はほとんどがとても良い状態だった。だから、喜んでそれを元に作業を進めたよ。

―あなた自身はストーンズの大ファンですか?

ああ! まあ、四六時中ローリング・ストーンズを聞くほどのファンではないし、今回聞いたアルバムの中には初めて聞くものも数枚あった。でも、ほとんどのアルバムは知っていたし、中でも『女たち/Some Girls』はかなり聞いた一枚だった。このアルバムが発売された頃にストーンズに目覚めたと思ったな。でも、この作業を終えて、彼らの作品を細部まで知った今は『山羊の頭のスープ/Goats Head Soup』と『ブラック・アンド・ブルー』が気に入っている。楽曲も最高だし、雰囲気も素晴らしいし、とにかくメンバーがスタジオで一つになっている様子があらわれているし、みんな本当に楽しそうに演奏しているんだよ。

すでに『メイン・ストリートのならず者』は知っていた。5年くらい前にこの作品(のハーフスピード盤)を手がけていたから。あのアルバムは本当にあのサウンド通りなんだ。マイクを空中に放り投げて、声や音が遠くに聞こえる感じがそのまま入っている。何度もリハーサルを繰り返して一音も間違えずに完璧な演奏をする人がいるけど、そういうサウンドは空気感もヴァイブも欠如していることが多い。一方、ストーンズの『メイン・ストリート〜』はヴァイブとフィールが大黒柱で、それ以外のものは全部この大黒柱に引っ掛けられている状態さ。僕はそういう姿勢が大好きだ。『ア・ビガー・バン/A Bigger Bang』と『ヴードゥー・ラウンジ/Voodoo Lounge』も最高だと思うよ。

―ストーンズにとってこの「ヴァイブ」がデビューした頃から音楽をまとめる魔法の要素ですよね。リマスタリング中にこの要素を加減することは大変ではありませんでしたか?

加減しないようにしたよ。正直に言うと、僕はサウンドよりもヴァイブが好きな人間なんだ。もちろん、良いサウンドにしたいとは思うけど、どんなに素晴らしいサウンドのレコードでも、死んだような空気が流れる音楽だと意味がないだろう? レコードを手に入れたり、ハイファイを手に入れる一番の目的は音楽を聞いて感動したいからだと僕は思うんだ。だから、ヴァイブが最優先されるべきだね。僕が絶対にしなかったことが、僕らしいサウンドという足跡を残すことだ。僕はそういうエンジニアじゃないし、過去の音源をできるだけ忠実に再現するのが僕の仕事なんだよ。

このボックスセットの作業中、彼らが提供してくれたのはハイレゾ音源だけじゃなくて、大きな箱に入ったオリジナルのアナログ盤だった。これはもともと演奏時間の確認のためだったけど、自分の作業を終えた後にオリジナルのレコードをかけて、自分の音源と比較してみたのさ。少しでも良い音にしたかったんだよ。簡単そうに聞こえるけどけっこう大変な作業だから。オリジナルの音源をマスタリングしたエンジニアが作業したよりもクリーンな信号経路というアドバンテージはあったけど、デジタル音源自体が劣化したテープからの音源だったわけだ。そんな感じだったけど、自分がリマスタリングした音源の出来に満足しているし、オリジナルのアナログ盤よりも確実に良いサウンドになっていると僕は思うよ。

Translated by Miki Nakayama

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