ロック史に残るMVの金字塔、エアロスミス黄金期の「アリシア三部作」を振り返る

アリシア・シルヴァーストーン(Photo by BEI/REX Shutterstock)



「クライン」のミュージックビデオが公開された時、エアロスミスは起死回生のチャンスを必要としていた。当時バンドは『ゲット・ア・グリップ』を発表したばかりだったが、そのキャンペーンは思わぬ方向に進み始めていた。バンドのタトゥーを彫った牛の腹部と乳房を写したジャケットは、多くのファンにジョークとして受け止められた。またリリースツアーの前座をメガデスが務めたことにも、オーディエンスは眉根を寄せていた。メガデスはわずか6公演でクビを言い渡されているが、その理由はデイヴ・ムステインが演奏中にエアロスミスのTシャツで鼻をかんだためとされている。スティーヴン・タイラーがムステインにかけた言葉は、今もファンの間で語り継がれている。「おやおや迷子かい。どこから入ってきたんだ?」メガデスに代わって前座に指名されたのは、『ザ・ランバージャック』でのジェシー・ジェイムス・デュプリーによるチェーンソーパフォーマンスで知られるジャッキルだった。

さらに深刻だったのは、巨額の予算がつぎ込まれたファーストシングル「リヴィング・オン・ジ・エッジ」のミュージックビデオが酷評されたことだった。「今の世の中、何かが間違ってる」というステートメントは、1993年当時において妥当なものではあったが、スティーヴン・タイラーの口から発せられることに違和感を覚えたファンは少なくなかった。ドレッドヘア姿のタイラーは、ビーバス&バットヘッドから「ヴァニリかと思った」と揶揄されている。美少女ではなく『ターミネーター』で知られるエドワード・ファーロングを起用したミュージックビデオは駄作と言わざるを得なかった。同作についてMTVのVJケネディーが「エドワードは俺のファーをロングにさせてくれる」という秀逸なパンチラインを放ったほか、原曲よりもウィアード・アルによる同曲のパロディ、「リヴィング・イン・ザ・フリッジ」の方が優れているという声さえもあった。



バンドの真価を問われる状況下で、エアロスミスはかつてないほどヒットを必要としていた。そんな彼らを窮地から救った女神、それがアリシア・シルヴァーストーンだった。彼女はケーリー・エルウェスが演じる近所の青年に狂気じみた恋心を抱く少女を描いたサイコ・スリラー、『ダリアン』で主演を務めていた(同作のベストシーンといえば、その男性が彼女のホース・ショーに来なかったことに腹を立てた彼女が、ライディングスーツ姿のまま彼が出席していた豪華なパーティ会場に乗り込み、平手打ちを食らわせてこう吐き捨てる場面だろう。「見栄を張るのに忙しくて、私のことなんか気にしてられないってわけ?」)。

ビデオ・ディレクターのマーティー・カルナーも、『ダリアン』で彼女のことを知った人間の1人だった。「彼は私のことを正当に評価してくれた」シルヴァーストーンは1995年の本誌の巻頭特集でそう語っている。「彼はルックスよりも演技力を重視していたの。私の女優としての才能を評価してくれたのよ」その発言どおり、「クライン」のビデオで描かれるのはどたばたセックス劇ではなく、夢と希望を追い求めるひたむきな少女の姿だ。「いかにも作り物って感じのミュージックビデオが溢れかえる中で、あの作品のリアルさは際立ってると思う。セクシーなポーズなんかとらずに、ただありのままでいればよかったの」

「クライン」のビデオで、アリシアはスティーヴン・ドーフが演じるロクでなしの元彼にパンチを浴びせ、そのまま車を奪って走り去る。オーバーヒートを起こした車を道路脇に乗り捨てて、あからさまにFワードをつぶやいた彼女は、ポップコーンを頬張り、タトゥーを入れ、コーヒーショップでバッグを盗もうとした男に空手キックを食らわせる(その男性を演じたジョシュ・ホロウェイは、後にドラマ『ロスト』のソーヤー役で有名になる。アリシアに殴られた俳優の中では最も成功した人物となった)。クライマックスの場面でアリシアは橋の上から飛び降り、駆け付けた警察官に囲まれたドーフを唖然とさせる。MTVで放送される際には、彼女がワイヤーに吊るされたまま突き立てる中指にモザイクがかけられていた。

「あのビデオのおかげで、エアロスミスは途方もない額を稼いだはずよ」シルヴァーストーンはそう話している。「アルバムの売り上げが何倍にも伸びたって聞いたもの。それなら私を呼び戻さない手はないわよね」

Translated by Masaaki Yoshida

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