ジャミロクワイが語る、コーチェラでのカムバックと帽子の行方

David Wolff-Patrick

MTVでの大ブレイクとウッドストック’99以来、アメリカでの本格的カムバックを果たしたジャミロクワイ。背骨の損傷、子供の誕生、そしてウッドストック’99での伝説的パフォーマンスまで、ジェイ・ケイが自身の言葉で語った。

レトロ・フューチャリスティックなファンクで知られるイギリスのジャミロクワイは、かつてアメリカにおけるオルタナ・ポップのアイコンだった。フロントマンのジェイ・ケイがカウチの脇で踊る『ヴァーチャル・インサニティ』の騙し絵のようなクリップは一斉を風靡し、1996年のMTVビデオ・ミュージック・アウォードで4部門を制覇した。以降3年間、サタデー・ナイト・ライブへの出演や『ゴジラ』のサウンドトラックへの参加、そして真昼間の14時45分に出演したウッドストック’99での伝説的パフォーマンスにより、バンドはアメリカでの人気を確固たるものにしたが、それ以降は影を潜めてしまっていた。

アメリカのメディアからの注目が遠のく一方で、彼らはその後も本国のイギリスや日本ではヒットを飛ばし、世界中でアリーナ公演をソールドアウトさせるモンスターバンドへと成長していった。ファレル・ウィリアムス、チャンス・ザ・ラッパー、タイラー・ザ・クリエイター等も、彼らから影響を受けたと公言している。今年のコーチェラでは実に12年ぶりとなる彼らのアメリカ公演が実現したが、バンドの名前はウォー・オン・ドラッグスやヴィンス・ステイプルズ等と並ぶ形で、ポスターの2列目に記されていた。ツイッターでは「あいつらまだやってたのか!」というリアクションが多く見られたが、実際にはアメリカのオーディエンスが彼らの動向を見落としていたに過ぎない。

昨年、ジャミロクワイは2010年以来となるアルバム『オートマトン』を発表した。フロントマンのジェイ・ケイは5月に脊髄を損傷する事故に見舞われたが無事に克服し、ジャミロクワイはシカゴのNorth Coast Festival、フロリダのHulaween、そして既に完売しているニューヨークのForest Hills Stadium公演で再びアメリカの地を踏む。ジャミロクワイがヘッドライナーを務めたポルトガルのFestival Marés Vivasにて、本誌はジェイにインタビューを行った。

「こっちじゃ有名なマーマイトっていうペースト状の食べ物があるんだけど、俺ってそういう存在だと思うんだ」ジェイ・ケイはそう話す。「大好きか大嫌いか、どちらかしかないんだ。俺はそういう、いわゆるマーマイト・キッドだった。おっと嘘はついても無駄だぜクリス、君がマーマイト好きだってことはお見通しだからな」

ーまず第一に、脊髄の状態について教えて下さい。

元どおりってわけにはいかないだろうね。もうステージで特大ジャンプを披露することはできないかもしれない。膝も弱り始めてるしね。俺も歳をとったってことだよ。(5月に経験した)あの怪我はかなりこたえたよ。(ロンドンの)O2アリーナでのライブを含め、大事な予定をいくつもキャンセルしなくちゃいけなかった。8〜9週間くらいは痛みが酷くて安静にしてたんだけど、退屈だったよ。体を壊してみて初めて、自由に動き回れることのありがたみを知ったね。今後は誰かが「すみません、今日は背中が痛いんで休ませてください」って言ってきたら、「分かった、ゆっくり休むといい」って言ってやるつもりさ(笑)

ー事故の経緯は?

恥ずかしい話なんだけど、オヤジにありがちなドジを踏んだんだ。「父さんが昔得意だった技を見せてやろう」とか言って、トランポリンで宙返りに挑戦したんだけど、失敗しちゃってさ。その瞬間はそれほどでもなかったんだけど、だんだん背中が痺れてきて、過去に経験したことのないような痛みを覚えたんだ。結果的に手術を2回受けたんだけど、もう大丈夫さ。引退するにはまだ早いからね。

ー ショーには差し支えありませんか?

ボディアクションを控えめにしたおかげで、より声が出るようになったよ。怪我の功名ってやつだね。声は本当に調子がいいんだ。ヴォーカルに限って言えば、10年前よりも今の方がいいんじゃなんじゃないかな。

ー『ロック・ダスト』から『オートマトン』までには7年というブランクがありました。その間はやはり父親業に専念していたのでしょうか?

基本的にはそうだね。俺は多くのバンドマンが経験する事態に直面してたんだ。ツアーで世界中を旅し続ける中で、俺はバンドのメンバーだけじゃなく、自分自身にも退屈し始めてた。一体何のために自分が活動を続けているのかわからなくなって、「俺は誰にバトンを渡すべきなんだろう」なんて自問することもあった。もちろん世界中をツアーして金を稼いで、スポーツカーを乗り回したり、ヘリコプターで飛び回るのは楽しいよ。でも考えたんだ、それに一体何の意味があるんだろうって。俺は何ひとつ成し遂げていない、すごく虚しい人生を送ってるんじゃないかってね。

『ロック・ダスト』リリース後の数年間はツアーをやったんだけど、その後の5年間はマジであっという間だった。(キーボーディストの)マット・ジョンソンが曲を書き始めた頃に子供が生まれることになって、そこから18ヶ月間は完全に音楽から遠ざかった。俺は父親になったわけだけど、しばらくして別のプロジェクトでアルバムを1枚出したんだ。でもって、その後もう1人子供が生まれることになった。2人いれば安泰って言うだろ?(笑)2児の父親になったことで、俺の人生観は大きく変わった。敢えて口にするけど、子供を持つことほど素晴らしいものはないよ。これまでの人生で感じたことのない愛情に、自分でも圧倒されてた。10センチの足を見てるだけで、果てしなく幸せな気分になれるんだよ。

最近じゃ子供たちの成長ぶりに驚かされてるよ。こないだ長女が2万5千人くらいの観衆の前でライブしてる俺の映像をみて、母親にこう言ったんだ。「お父さんってトモダチがいっぱいいるんだね」ってさ。心の中で呟いたよ、いつか君にもわかる日が来るよってね。

Translated by Masaaki Yoshida

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