ジャミロクワイが語る、コーチェラでのカムバックと帽子の行方

ー 『オートマトン』のリリースを発表するにあたって、どんなリアクションを予想していましたか?

大いに反響があるだろうと思ってたよ。何せブランクが長かったから、もう俺たちが作品を出すことはないと思ってた人も多かっただろうからね。ジャミロクワイはもう終わった、世間はそう捉えてたんじゃないかな。でも俺はそんな風に考えたことはなかった。音楽を作る喜びには抗えないからね。俺は死ぬまで曲を書き続けるよ。

ー NMEにはこう記されています。「ハットを被ったお茶目な若者がグローバルスターへと転身したタイミングは特定し難いが、天変地異は確かに起きた」。かつて態度を決めかねていた人々が口を揃えて賞賛するようになったわけですが、その変化についてどう感じていますか?

自分でも驚いたけど、素直に嬉しかったね。マジかよ、でもありがとなって感じさ。

ー多くのアーティストがジャミロクワイに影響を受けたと公言していることについてはどう感じていますか?

嬉しいね。こないだエリック・クラプトンのドキュメンタリー『Life in 12 Bars』を観たんだけど、誰もがよそからアイディアを引っ張ってきてるもんなんだって再認識したんだ。それに自分でちょろっと手を加えるわけだよ。俺はここ数年ヴルフペックにハマってるんだけど、彼らはスペシャルだね。ジャングルもいいよ、すごくイカしてると思う。何か一緒にできたらと思ってるんだ、彼らはモロ俺好みだからさ。

ーアメリカに対する印象について話してください。他の国々とは大きなギャップを感じていると思うのですが。

はっきり言っておくけど、アメリカのオーディエンスに対して不満を持ってるわけじゃないんだ。俺の過去の振る舞いがそういう印象を与えてしまったかもしれないけどね。『トラベリング・ウィズアウト・ムービング〜ジャミロクワイと旅に出よう』はプラチナを記録し、(4つの)MTVアウォードを獲得し、グラミーも獲った。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。コロンビア州からまた別の都市へ、めまぐるしく飛び回る日々が続いて最高にいい気分だったよ。その頃ニューヨークにも行ったんだけど、ダメージっていうボーイバンドの看板がタイムズ・スクエアのど真ん中に飾られてるのを目にしたんだ。メンバーはみんな18歳そこそこで、全員うちの近所に住んでたから知ってたんだ。しかもそいつらのマネージャーは、昔俺のマネージメントをやってたやつだったんだよ。セントルイスとかでも、奴らのどデカいポスターを目にした。こんなことを言うと感じ悪いのは分かってるけど、もし俺がマネージャーなら、あんなやつらじゃなくて絶対ジャミロクワイを推したに違いないんだ。俺たちはMTVアウォードのビデオ・オブ・ザ・イヤーを獲ったんだぜ。

俺は負けん気が強いから、思ったことははっきりと口にするんだ。俺はやりたいようにやると宣言した。ダラダラするのは性に合わないからさ。正直あの頃は神経質になり過ぎてたし、そんな自分に疲れていた時期もあった。そんな時にグラミーにノミネートされたんだよ。トレンドから600フィートくらいかけ離れたことをやってたにもかかわらずね(笑)たかがノミネートだけど、されどノミネートっていうか、俺としては不思議な気持ちだった。自分はどこに行こうとしてるんだろうって考えたんだよ。

それから俺たちは初心に返るべく、カレッジホールを回るツアーに出た。フレッシュな気分に立ち返ることができると思ったからね。でもやってみて思ったんだ、やっぱり同じことを繰り返しても意味なんかないってね。1993年か94年頃に戻ったって仕方ないさ。その頃アメリカにもライブしに行って、15公演くらいやったと思うんだけど、結果的に10万ドルくらい赤字だったんだ。その後南米で7公演やって、売り上げが400万ドルだったんだけど、ちょっと計算すりゃそれが割に合わないってことは事前にわかったはずなんだよ。その額には自分とバンドのギャラ、輸送費、機材費、35人のクルーの人件費、全部含まれてるんだ。これは何とかしなきゃいけないってことになって、いろんなものが大幅に削られることになった。

だからまたアメリカでライブができることに、誰よりも俺が興奮してるんだ。アメリカのファンは忠実で、ずっと俺たちを応援してくれてるからね。

ー コーチェラでのセットはいかがでしたか?

ずっと出たいと思ってたんだ。今やコーチェラを知らない人間はいないし、出演することですごく宣伝になるからさ。だからすごく気合が入ってたし、実際いいライブができたと思ってる。俺たちのことを知らない客をあっと言わせたかったんだ。「こんなやつらがいたのか!」ってね。最初は萎縮してたオーディエンスも徐々にヒートアップしてって、大いに盛り上がったよ。


コーチェラ2018で共演したジャミロクワイとスヌープ・ドッグ. (Photo by Rich Fury/Getty Images for Coachella)


ースヌープ・ドッグとの共演はどのようにして実現したのでしょう?

ちょっとした思いつきさ。彼はいいヤツだしね。笑えるエピソードがあるんだ。彼は楽屋に来るなりクサを吸い始めたんだけど、1日の消費量が尋常じゃないんだ。とんでもないペースで吸い続けるもんだから、よく体が持つなってみんな驚いてた。 かと思いきや、後日サンフランシスコのホテルで何となくバラエティ番組を観てたら、ディナースーツに蝶ネクタイ姿の彼が出てるんだよ。よく平然としてられるなって感心しちゃったよ(笑)愛すべきナイスガイさ。

彼と一緒に(コーチェラの)VIPエリアに行ったんだけど、俺は向こう4日間はオフの予定だったから、その日は朝方までパーティするつもりだったんだ。ところがいったん離れてから戻ったところ、誰もいないんだよ。完全にお開きになってた。あまりにショックで、アゴが床に着いちまうかと思ったよ。ガーンってね。みんなどこ行っちまったんだって叫びたい気分だったよ。

Translated by Masaaki Yoshida

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