三代目 J Soul Brothersの「音楽」をひもとくバイオグラフィー

写真左から、岩田剛典、NAOTO、登坂広臣、小林直己、今市隆二、ELLY、山下健二郎



そこからわずか半年で登場した2ndアルバム『TRIBAL SOUL』(11年)でもその全体像は大きく変わっていないが、北米シーンにおいて〈EDM〉というキーワードが浮上した時代の空気は如実に反映されている。

2011年末といえばスクリレックスのグラミー5部門ノミネートが発表される(結果、年明けの授賞式では3部門を獲得)一方、リアーナ「We Found Love」の決定的なヒットによってR&B/アーバン・ポップにおけるEDMの導入が最先端のスタイルとして認知されるようになった時期でもある。当時で言うところのEDMとは主に欧州産のエレクトロ・ハウスやダブステップ(ブロステップ)を意味していたものだが、もとよりハウスやトランス、エレクトロの意匠を折々のダンサブルな足回りとして活用してきたJ-Popとの親和性が低かろうはずはない。



「On The Road~夢の途中~」「Feel The Soul」はその伝統的なダンス・ポップの流れで見ることもできるとして、オープニングを飾るトランシーな「I Can Do It」には明らかにクリス・ブラウン「Yeah 3x」(11年)あたりとの同時代性が感じられるのではないだろうか。

そこからの野心的な前進を窺わせたのが、美しいバラード「花火」をリード曲にした翌年のシングル「0~ZERO~」(12年)だ。そこに収められた「(YOU SHINE)THE WORLD」は、STYらが詞曲を手掛け、デンマークのアーバン・ダンス・ポップ職人であるダニエル・オビ・クレイン(もともとYBを名乗るラッパーでもあった)がアレンジした楽曲で、昂揚感を演出するビルドアップとフック(いわゆる音サビ)を備えた楽曲構造も含め、三代目流EDMの最初の完成形といってもいい出来映えだろう。同曲を収めた3rdアルバム『MIRACLE』(13年)には、他にもT.Kura製のプログレッシヴなパフォーマー曲「LOOK @ US NOW!」やBACHLOGICらによる「Dynamite」といったEDMフォルムの楽曲が並び、三代目の選んだ挑戦が各クリエイターたちのアイデアと創造欲を触発した様子も窺える。そんなチャレンジングな作品が初めてオリコン週間チャート1位を獲得したアルバムになったことは、その音作りが時代の要求に応えたことの証明でもあった。



以降の彼らはさらに自由に多様な曲調にトライしていくことになる。『THE BEST / BLUE IMPACT』(14年)における新録アルバム『BLUE IMPACT』でも「JSB Blue」や「Waking Me Up」で攻めの姿勢を見せていたが、その後に控えていた春夏秋冬シングル・シリーズは、SWAY(DOBERMAN INFINITY)のアグレッシヴなラップも印象的な「S.A.K.U.R.A.」に始まり、問答無用の「R.Y.U.S.E.I.」、哀愁メロディアスな「C.O.S.M.O.S. ~秋桜~」、ブーミンなパーティ・チューン「O.R.I.O.N.」という強力な4連打は、現在に至るまでの三代目サウンドのバランスに富んだ指針となった。とりわけ、馴染み深いSTYと新鋭Maozonが共同で手掛けた「R.Y.U.S.E.I.」と「O.R.I.O.N.」は、この時点でJ-Popにおけるスタイル・フォーマットとして一般化していたビッグルーム系のEDMを、単なるテンプレートではなく、ダンス・トラックとしてのキャッチーな機能性をそのままに親しみやすい歌謡性を両立させるという離れ業に成功している。それらの多面性を総括した5thアルバム『PLANET SEVEN』(15年)は昨今では珍しい規模のミリオン・ヒットとなった。





勢いに乗った時にこそさらにトライを重ねる姿勢は、ジェントルなR&B風味の薫る「starting over」、世界的ギタリストのスラッシュを迎えたハードなロック・ナンバー「STORM RIDER feat.SLASH」、そのカップリングに収まったSTY製のルーディーなトラップ「J.S.B. DREAM」、さらにAfrojackとコラボしたアンセミックなサマー・ヒット「Summer Madness feat. Afrojack」という15年のシングル群に顕著だろう。特に「Summer Madness feat. Afrojack」はビルドアップ後のフックを音サビで構成するという、EDMとしてはド直球の、しかしながらシングル曲(しかもCMタイアップ曲でもある)としては異例の仕上がりで、まだまだ保守的な音作りが良しとされるフィールドでそれを試みたこと自体が評価に値する。また、それをAfrojackと共作したSTYが「(YOU SHINE)THE WORLD」の頃から三代目の挑戦をサポートしてきた人だという経緯を思えば、この試みが単なる流行の後追いや模倣ではなく、マーケットの成熟を鑑みて絶妙のタイミングを狙い澄ました一撃なのもよく分かるのではないか。

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