MeTooで糾弾されたゲスな男たちに、セカンド・チャンスは必要か?

彼らの復帰は実現する? それとも、復帰などもってのほか?(Photo by  Debby Wong / Shutterstock, lev radin / Shutterstock)



・じっくり、自分の行いを反省する

刑事訴追もレイプ疑惑もかけられておらず、既に表舞台から身を引き、許しを乞う姿勢を見せているなら、まずは自らの行いをしっかり理解したことを公にすることから始めよう。世間が聞きたがっていることをオウム返しに繰り返すのではなく、同意とは何か、どこで境界を引くべきか、権力構造によって性的環境が見過ごされるような環境がいかに作られてきたのか、あらためて学んだことを表明するのだ(これこそ、C・Kが舞台に上がったときにやるべきことだったのでは? 公表した謝罪文の中でも、そう約束していましたよね?)。

次に、はっきりと目に見える形で、犠牲者に償いをする。まずは個人的に謝罪しよう。上っ面だけの謝罪ではダメ。ましてや自分の行いを弁解したり、正当化してはいけない。権力をかさにして、同業の被害者の口を封じたことがたとえ一時でもあるならば、相手に仕事上の制約を与えた(あるいは相手のキャリアを棒に振った)可能性のある悪意的な発言を撤回すること。持てる業界のコネをフルに活かして、自分が口を封じた女性のキャリア向上に協力するべし。

男性有名人が次々とMeToo運動の波に飲み込まれていった際、ファンは彼らの仕事ぶりが見られなくなると嘆き悲しみ、彼らがいない毎日をどう過ごせばいいか、途方に暮れた。だが、被害者の女性たちの仕事ぶりはどうなのか? 虐待者に泣き寝入りすることを良しとせず辞めていった女性たち、あるいは異を唱えたばかりにブラックリストに名前が載せられてしまった女性たち。無理やり職場から追いやられた彼女たちの仕事ぶりは、決して日の目を見ることはなかった。もし、自分の不適切な行為の被害者や、業界の仲間たち、ファンに対して償いたいと思うなら、権力の濫用がまかり通る男性優位の環境で輝く機会を得られなかった女性たちに、新たな道を切り開いてあげようではないか。

・心からの謝罪を――そして、苦しみを抱えて日々を生きること。被害者がそうであったように。

もっとも良いお手本は、『リック・アンド・モーティ』の生みの親、ダン・ハーモンだ。自ら手がけるTVドラマ『Community(原題)』の脚本家メーガン・ガンツに対するセクハラで名指しされた際、彼はポッドキャストで問題の行動を詳しく説明した上で、7分間にわたって謝罪した。しかも、自分の行動に対する言い訳や弁明は一切しなかった。彼はまた、自分のふるまいが「淫らで不快」であったこと、彼女が男性であったら違う対応をしていただろうことも認めた。MeToo運動の中でも珍しいケースだが、ガンツは彼の謝罪を公式に受け入れた。

C・Kが犯した間違いはここにある。もし本当に意義ある償いをして、表舞台に復帰しようと願うなら、何もなかったようなふるまいは絶対にしてはいけない。コメディ・セラーのC・Kのステージでは、レイプ防止用ホイッスルのジョークこそあれ、自らの不適切行為や被害者、あるいは反省に対する直接的な言及はなかった。本来であれば、しばらく活動を休止した後、万事元通りといった風情で復帰するのではなく、自分が成長して生まれ変わったことを見せてしかるべきだ。自分に与えられた機会を、自分の行いや過ちを語る場として活かすべきなのだ。自分を慕ってくれる人々の目をこの問題へ向けさせ、先頭を切って、職場での男女平等と性的境界線の尊重を呼びかけよう。騒動が忘れ去られるのを黙って待つのではなく、反省から学んだことを仕事に活かし、プライベートでも仕事の面でも生まれ変わるべきだ。

もしあの日ステージに上がったC・Kが、自分の行動や一連の騒動から学んだことを語っていたのなら、彼の復帰に対する世間のとらえ方はまったく違っていただろう。ライトも言っていたように、誰にでもセカンド・チャンスがある。だが、そもそも自分が道を誤った理由が理解できないうちは、誰にでもセカンド・チャンスを与えられるとは限らない。

Translated by Akiko Kato

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