「規律を守りつつ自由になる」チリー・ゴンザレスが語るピアノと人生の哲学

ー次に、ジャーヴィス・コッカーとコラボした作品『Room 29』について教えてください。聴いた瞬間から2人の世界観に引き込まれる作品ですよね。以前コラボの目的は、「自分の殻から出ること」と仰っていました。この作品をジャーヴィスと創るに至った経緯と、実際にどのようにホテルで制作されたのかを教えてください。

ゴンザレス:あれはほとんどジャーヴィスのアイディアだったんだよ。元々、一緒に何かしたいとずっと思っていたんだ。彼とは友達で、僕がドイツに引っ越す時に、それまで住んでいたパリのフラットに彼が引っ越してきたこともあったり、もう長い歴史があるんだよ。それである時彼が、『何か音楽を送ってくれないか。それに合わせて何か書いてみたい』と言うんだ。たぶん彼はそのホテルに滞在して、ほとんどノイローゼのようになった経験があり、それがアルバムのテーマとして興味深いと思ったんだろうね。そして彼が曲を作って、僕もすごく良いと思ったからそのまま作り続けたというわけなんだ。すごくゆっくりとしたプロセスだった。そうやってゆっくりと信頼を築き上げていくのが好きなんだ。レコード会社も何も、完成を急かす人は誰もいなかったしね。(出来上がるまでに)4〜5年かかったかな。まあ、2人で完成させた感じにはなったけど、このプロジェクトの推進力はジャーヴィスだったと思う。そもそも僕は「29号室」に入ったこともないしさ。でも、いずれにしろこれまでに手掛けた仕事の中でも最も素晴らしい経験のひとつになったし、彼は素晴らしいパフォーマーで、素晴らしいソングライターで、その後の僕の作品にも影響を与えたんだ。


2017年作『Room 29』はクラシックの名門、ドイツグラモフォンからのリリース。多くのセレブや映画人に愛され、幽霊が出るとの噂もあるハリウッドの老舗ホテル「シャトー・マーモント」から着想を得ている。

ーいつも新たなことに挑戦されていますが、次は何を企画されていますか?

ゴンザレス:次に何をするか決めるのは今じゃないかもしれない。今起こっていることを消化するのに時間が必要だし、『Solo Piano III』に対するみんなの反応も見たいからね。僕はかなりリアクション型のアーティストなんだよ。次のことに移る前に、今やっているものに対する反応を知りたいんだ。とりあえず、自分がビギナーになれるプロジェクトを常にひとつはやっていたいというのはあるね。心のビギナーというか、これについては禅宗でも語られていることだと思うけど、初心者になると、ほとんど子供同然になるんだよ。そして素晴らしいことを発見するんだ。『Solo Piano』シリーズでそういう状態になるのはもう難しい。これだけ長い間ピアノをやって、アルバムも作っているからね。でもたとえば「ザ・ゴンザーヴァトリー」だったり、まったくの素人なのに映画を作る時だったり、初めて本を作ったりする時はビギナーになれる。だからそういうプロジェクトは常に探し求めているんだ。というわけで次に何をするとしても、また初心者になれるようなことをするんじゃないかな。ビギナー中毒なんだよ、止められないんだ。

ー2019年までのツアー日程が発表されていますが、日本公演の予定は?

ゴンザレス:今検討しているところだよ。日本は距離も遠いし、公演を決めるのに少し時間がかかると思う。でも前回すごく楽しかったからぜひまた行きたいと思っている。

チリー・ゴンザレス
Photo by Alexandre Isard

ー最後に、いつもガウンにスリッパ姿ですよね。あなたが共演したアーティストは、「いつもレコーディングスタジオでもこの格好よ」と言います。ガウンは、あなたがピアノを弾く時のユニフォームなんですか?

ゴンザレス:正直あの格好が一番くつろげるからね。しかも記憶に残るというおまけ付きで。あの格好でステージに立ってみて、これはイケると気づいたというか。誰でもうまくいくわけじゃないと思うけど、僕の場合はうまく機能したんだよね。今日だって、たぶん家に帰った瞬間に靴を脱ぎ捨ててスリッパを履いて、数あるバスローブのうちの一枚を羽織るだろうからさ。それでまあピアノを弾くか、ちょっとした仕事を片付けるか、Skypeでミーティングするかっていう感じなんだ。とにかく一番楽なんだよ。それに観客がステージ上の僕を見た時に、ある意味で僕のリビングにいることを理解するというか。たとえ巨大なコンサート・ホールで2,000人を前に演奏していたとしても、どういうわけかバスローブとスリッパが、その空間を僕の家に変換してくれるんだよ。「遊びにおいでよ、音楽でも演奏して、音楽の話もしよう」っていう。初めはごく自然に、ただ単に自分がなるべく寛げる格好をしようと思ってただけだったけど、それが結果的に僕を象徴するようなユニフォームになってよかったよ。



<リリース情報>

チリー・ゴンザレス 『Solo Piano III』

チリー・ゴンザレス
『Solo Piano III』
Beat Records / Gentle Threat LTD
発売中
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9699


<映画情報>

黙ってピアノを弾いてくれ

第68回ベルリン国際映画祭正式出品

『黙ってピアノを弾いてくれ』
渋谷・シネクイント他にて9月29日(土)より全国順次公開
http://www.transformer.co.jp/m/shutupfilm/

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