「規律を守りつつ自由になる」チリー・ゴンザレスが語るピアノと人生の哲学

チリー・ゴンザレス(Photo by Alexandre Isard)

今年9月に発表された人気シリーズの最終章『Solo Piano III』に続き、9月29日(土)からドキュメンタリー映画『黙ってピアノを弾いてくれ』が全国順次公開となるチリー・ゴンザレス。ここ日本でもピーター・バラカンやホリエアツシ、川谷絵音といった著名人が推薦コメントを寄せており、カナダが生んだ天才音楽家への期待は高まる一方だ。『Solo Piano III』用のオフィシャルインタビューから、彼の最新モードに迫る。

ー『Solo Piano III』がシリーズの最終章になるそうですが、最初から3枚までと計画的に決められていたのでしょうか。

ゴンザレス:いや、決めてなかったんだよ。というのも最初の『Solo Piano』は、ある意味偶然の産物みたいなアルバムだったんだ。アルバムを作っているという意識さえなく、ほとんどリラックスするための行為としてピアノを弾いて録音してただけだったからね。2004年はパリにいて、フランス音楽界のレジェンド、ジェーン・バーキンのアルバム(『Rendez-vous』)をプロデュースしてたんだけど、ものすごい人数が関わっていて、とにかく忙しくて疲れ果ててたんだよ。もうまるでフランスの王室のようで、そんな環境に慣れてなかったからものすごいストレスを感じていたんだ。宮廷で働いてるのかっていうくらい。それもあって、『ただ音楽が作りたい!』と思ったんだ。それで、スタジオにもうひとつ部屋があってピアノが置いてあったから、僕はそのピアノを弾いて録音し始めたという。だから正直言ってアルバムを作ってる感覚はなかったんだよ。そこがあのアルバムの美しいところで、無邪気というか、無計画な感じがある。それは聴いていても伝わると思う。


ゴンザレスによるピアノパフォーマンス映像。静と動を使い分けながら、視覚的にもアクロバティックな演奏が繰り広げられる。

ゴンザレス:ただ一方で、結果的にあのアルバムがブレイクスルーになったわけで、僕の人生をすっかり変えてしまったんだよね。新たな観客の前に連れて行ってくれて、単なる偶然の産物ではなかったことに気づかされた。もしかしたら、これは自分にとっての未来かもしれないってね。とにかくその1枚目が持つ偶然という性質は、たった一度だけ起こりうるもので、2枚目には絶対にないものなんだよ。だから『Solo Piano II』を無邪気に作ることは不可能だった。1枚目と同じフィーリングを聴く人に与えつつ、同時に新しくなければならないっていうことも分かっていた。だから2枚目では、1枚目よりも計画や計算が必要になった。

というわけで、短く質問に答えるとノーだよ。実際『Solo Piano III』が完成するまでトリロジーになることが分からなかったんだ。これが最終章になるとはっきり分かったのはごく最近のことで、今年の春にマスタリングをしていた時に、「これで終わりだ」と感じたんだよ。どうしてそう思ったかは自分でもよく分からない。アーティストとしての直感だね。だからって別に、僕が二度とソロでピアノを弾かないということではないよ。ピアノをソロで弾いて音楽を作ることは今後もすると思う。でも、それが正式にこのシリーズの一部になることはないだろうね。というか正直言って、“Solo Piano4”って響きがもう違うし、単純にそのタイトルじゃワクワクしないよね。

ー以前来日時にインタビューした際に、「最初にコンセプトを決めてアルバムを作るけれど、これまでコンセプトに沿ってアルバム作りを実際にしたことはほとんどない」と仰っていましたが、今回はどうでしたか?

ゴンザレス:このシリーズの場合、すでにコンセプトがあるようなものだからね。『Solo Piano』シリーズには一種のルールがあるんだ。たとえば僕のピアノ曲は、クラシック音楽というよりもポップ・ミュージックのような長さや構造を持っているということが一つ。これはピアノなんだからクラシックかジャズだろうと思う人もいるかもしれないけれど、ジャズの曲だったら1曲10分だったり、クラシックでも8分、場合によっては12分くらいある曲もあるわけだよね。だからこういったミニチュアのポップ・ソングのような曲をピアノで弾くということが、このシリーズの特徴でもある。というわけで、このアルバムを作る前から、この枠組みの中で作ることは分かっていたんだよ。それから、『Solo Piano』シリーズのアルバムとして成立させるためには、BGMとして聴ける音楽であるのと同時に、じっくり聴くこともできるという、その両方の聴き方ができるように作るというのも意識した。

というわけで、コンセプトはすでにあったんだ。ゲームをやる時に従わなくちゃいけないルールがあるのと同じだね。コンセプトが存在することで楽に作れる部分もあるし、余計に難しい部分もあるんだよ。それに、最初の2枚をすごく好きな人達もいるから、期待を裏切らないように頑張って作らないといけないからね。馴染みがあるけど新しいものを作る必要があったんだ。

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