クインシー・ジョーンズを物語る26つの真実

娘が監督を務めた『クインシーのすべて(原題:Quincy)』が公開 (Photo by Bobby Holland/Michael Ochs Archives/Getty Images)


21. USAフォー・アフリカ【USA for Africa】

ハリー・ベラフォンテの呼びかけで実現した1度限りのスーパーグループ、USAフォー・アフリカのチャリティ・シングル曲『ウィ・アー・ザ・ワールド』のプロデューサーを、ベラフォンテの指名によりジョーンズが務めた。楽曲はマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーが書き、彼らは歌にも参加している。ジョーンズは、ブルース・スプリングスティーン、スティーヴィー・ワンダー、ボブ・ディラン、ダイアナ・ロス、ウィリー・ネルソン、ビリー・ジョエルら多くのスター中のスターたちを招集し、取りまとめるという大役を担った。楽曲自体は音楽史上最高の記録を残した訳ではないが、当時最もインパクトのあるカルチャー現象のひとつとして記憶されている。

22. 先駆者【Vanguard】

ジョーンズを表現するのに「常に先駆者だった」と言うだけでは足りない。キャリアを通じてジョーンズは、時代を先取りしていた訳ではなく、時代を作ってきたのだ。レスリー・ゴーアのための壮大なアレンジからザ・ブラザーズ・ジョンソンとのファンク革命まで、彼は常に時代を先読みし、ゼロからポップの世界で次の大きなトレンドを作り上げる能力があったのだ。マイケル・ジャクソンのアルバム『オフ・ザ・ウォール』で彼は、死にゆくトレンドだったディスコ・サウンドをとことんシンプル化し、新しい次世代ディスコの目指すべき方向を示した。

23. ウィル・スミス【Will Smith】

若きアーティストを導くのもジョーンズのレジェンドのひとつ。それは音楽の領域を超えている。映画・テレビ製作会社のクインシー・ジョーンズ・エンターテイメントは、コメディ番組『ベルエアのフレッシュ・プリンス』に、当時はラッパーとしての活動で知られていたウィル・スミスをキャスティングした。同役でスミスは新たな境地を開き、スターダムにのし上がった。この成功は、ジョーンズが作曲し、ザ・フレッシュ・プリンス(ウィル・スミス)の歌う覚えやすいテーマソングが後押ししたことは間違いない。


クインシー・ジョーンズと娘のラシダ・ジョーンズ(Photo by Shutterstock)

24. X染色体【X chromosome】

『ルーツ』の著者として有名なアレックス・ヘイリーとの交流を通じ、ジョーンズは自分の遺伝子のルーツを辿ってみることにした。家系図を調べたところ、いくつかの驚くべき事実が発覚した。彼の祖先には現カメルーンのティカ族のほか、ジョージ・ワシントンの妹ベティ・ワシントン・ルイスやイングランド王エドワード1世も含まれるという。ジョーンズの染色体を受け継ぐのは、著名な女優でライター兼プロデューサーのラシダ・ジョーンズを含む、6人の娘たちと1人の息子だ。

25. 歓喜の調べ【Yah Mo B There】

1979年のマイケル・ジャクソンの成功を皮切りに、ザ・ブラザーズ・ジョンソン、ジョージ・ベンソン、ドナ・サマーなど、ジョーンズはプロデューサーとしてポップ・チャートで数多くの成功を収めてきた。1990年代の彼を代表する大ヒットの原点は、ジェイムス・イングラムとマイケル・マクドナルドの組み合わせにある。ジョーンズがプロデュースした1983年のシングル『歓喜の調べ』は、イングラムとマクドナルドの洗練されたソウルフルな歌声が相乗効果を発揮し、先見の明を持つジョーンズが完璧でゴージャスなポップR&Bをブレンドした。

26. 時代精神【Zeitgeist】

ポップカルチャーにおいて、「時代精神を実現した」と真に主張できる人間は少ない。ジョーンズの場合、わざわざ主張する必要はない。言うまでもなく明らかな事実だからだ。彼は時代のポップカルチャーを形作り、組み替えた。そして彼のやり方が音楽業界のスタンダードになった。スタジオにおいて、曲作りの基本や感情のコミュニケーションを大切にする彼のパイオニア魂こそが、ジョーンズを20世紀と21世紀における音楽創造の第一人者たらしめたのだ。

Translated by Smokva Tokyo

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE