スティーヴィー・ワンダーの名曲を彩った巨大シンセサイザーの物語

当時、マーゴーレフはMoog Series IIIcモジュールを購入したばかりで、これを使って彼の映画『イーディ:チャオ!マンハッタン』のサウンドトラックを完成させようとしていた。ちなみにこの映画の主演はウォーホールお気に入りの新星イーディ・セジウィックである。Moogの演奏方法を覚えたかったセシルと、レコーディング方法を覚えたかったマーゴーレフは、互いの利害が一致し、パートナーになることにしたのだった。

当時のMoogは難解な楽器で、これを最初に買ったのは経験豊富な作曲家か、広告用ジングルのライターだけだった。モジュールをフルセットで揃えると、価格は3万5000ドルを超えた。まだ原始的なMoogのスイッチボタンは自動車のイグニション・キーだった。二人は2台目のMoogと実験的なモジュールを幾つか購入し、セシルはオシレーターのチューニングを保ちつつサウンドをベンドするために、おもちゃのヘリコプターのジョイスティックを応急装備し、このMoogをタッチセンサー式の楽器に変えた。



この頃のTONTOは円形ではなく、スティーヴィー・ワンダーがグリニッジ・ヴィレッジにあるジミ・ヘンドリクスのエレクトリック・レディ・スタジオに居を構えたときのTONTOとは形が異なっていた。ワンダーがこのスタジオに住み始めたのはヘンドリクスが死去した直後で、彼のマネージメントがスタジオの存続のために一括契約できる人を探していたのだ。

スタジオのデザイナー、ジョン・ストリクは、このシンセ楽器を、彼がヘンドリクスのためだけに造った流動的なスタジオ――現在の彼はこのスタジオを「巨大な卵型の建物」と呼ぶ――のサイケデリックさを助長するものだと想像していた。また、ストリクは演奏するマーゴーレフとシセルの研究も行い、彼らの腕の長さを計り、二人のプログラマーが2歩以上歩かずに必要な回線をつなげられるように、この楽器をデザインしたのである。

のちにこの楽器を採用することになるディーヴォのマーク・マザーズボーは、TONTOを「モノフォニック・キーボード2台で4音のコードを弾くことができた。シンセでこれをやったのは彼らが最初だったし、70年代では本当にすごいことだった。カーブしたケースはすべて慎重に作られており、自分を取り囲むような形に配置できた。だからTONTOを演奏するときは、まるで自分が目玉の中にいる感覚だった」と説明した。

Translated by Miki Nakayama

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