ワン・ダイレクション脱退から3年、ゼインの2枚組超大作が描いた愛と不条理

ゼインの最新アーティスト写真

待望の2ndアルバム『イカロス・フォールズ』を発表した2018年末現在のゼインことゼイン・マリクについて語るには、ふたつの切り口が考えられる。ひとつは、ワン・ダイレクションの元メンバーという切り口。もうひとつは、ひとりのR&Bシンガー・ソングライターという切り口。どちらからも語れるからこそ、興味が尽きない存在なのだと言えるのだろう。恐らく当人としては、2015年春に一足早く脱退しているだけに、もはやワン・ダイレクションと関連付けられたくはないと思うが、ここにきていよいよクリアになってきた他のメンバーの動向を踏まえると、彼の特異性がより鮮明に見えてくるんじゃないだろうか?

そう、約2年前に活動を休止してからワン・ダイレクションの面々が次々ソロ・デビューを果たし、各自の音楽嗜好を主張し始めたことはご承知の通り。ナイル・ホーランは、西海岸のカントリー・ロックを独自に解釈する正統派シンガー・ソングライター道を歩んでおり、ハリー・スタイルズは70年代のブリティッシュ・ロックの美意識を受け継いで、華やかなスター然とした佇まいを維持。共に昨年アルバムを発表して、順調にヒットさせている。一方で父親にもなったルイ・トムリンソンとリアム・ペインは、アルバムこそ現時点では未発表だが、ヒップホップやダンス・ミュージックに寄ったコンテンポラリー・ポップ路線のシングルを多数リリース済み。みんな精力的にツアーを行なったり、テレビ番組にちょくちょく姿を見せたりして、引き続き常に我々の目の触れる場所にいる。

しかしゼインは違った。ワン・ダイレクション脱退以降は公の場で歌うことはほとんどなく、ツアーもせず、ひたすら曲を綴ってレコーディングするのみ。イマドキの若手ミュージシャンとしては珍しい、頑ななほどに内向型の活動を続けてきた。そして、2016年春に1stファースト・アルバム『マインド・オブ・マイン』を発表し、英国人のソロ・アーティストとしては史上初めて、デビュー作で全英・全米両チャートの初登場1位を獲得している。マレイことジェイムズ・ホーらとコラボし、フランク・オーシャンからヌスラット・ファテ・アリ・ハーン(ご存知、彼の父の出身国パキスタンが生んだ伝説的な宗教音楽家だ)に至るまで多様なインスピレーションを求めた同作での彼は、センシュアルで大人向けのオルタナティヴR&Bやエレクトロ・ファンクを鳴らして、スモーキーな美声を存分に披露。従来のファンにおもねることのない美意識の高さからは、R&B/ソウルという自分本来の嗜好をワン・ダイレクションで表現できなかったことのフラストレーションと、過去と決別したいという強い意思が感じられ、ボーイズ・グループの元メンバーが独立に際して与えた衝撃としては、ジャスティン・ティンバーレイクやロビー・ウィリアムスのそれを遥かに凌駕していたものだ。



そして結果的にアルバムは称賛を浴びて、“元アイドル”という枠組みを軽々と飛び越え、まさにフランクやカリードのようなR&Bアーティストたちと並び称されるに至ったゼインは、その後もテイラー・スウィフト(「アイ・ドント・ウォナ・リヴ・フォーエヴァー」)からMIA(「フリーダン」)やパーティネクストドア(「スティル・ゴット・タイム」)まで、多彩な面々と続々コラボ・シングルを制作。その挙句、ここにお目見えする『イカロス・フォールズ』にはなんと計27曲を収録し、いきなりコンセプチュアルなダブル・アルバムを完成させてしまったのである。

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