Anchorsongが語る、日本人から見たロンドンの現実とグローバルな音楽観

Anchorsong



―2004年にAnchorsongとして活動を始めた当初は、ヒップホップ系のイベントに出演することが多かったそうですね。

吉田:下北沢のライブハウスでバンドに交じって演奏することもありましたけど、渋谷のFAMILYやROCK WEST(現・R Lounge)で参加したイベントはほぼヒップホップ系でしたね。MPCがヒップホップのイメージが強いというのと、周りにヒップホップをやってる友達が多かったんですよ。しばらく会ってないけど、サイプレス上野くんも昔から知り合いで。彼が横浜の友達とFAMILYでやっていたイベントに毎月遊びに行ってたから、横の繋がりでイベンターに呼ばれるようになって。

―それは意外(笑)。その後、2007年にロンドンへと移住されたそうですが、どんなきっかけがあったのでしょう?

吉田:海外の音楽をずっと聴いて育ってきたので、好奇心が募りに募って海外に出ていった感じで。ビートルズやレディオヘッドなど、自分の好きなバンドを生んだ国でどんな人々がどんな生活を送っているのか、単純にすごく興味があったんです。


2006年にアップされたパフォーマンス映像

―初めて海外でライヴを行ったのは、ギリシャのアテネだったとか。

吉田:そうですね。東京で3年くらい活動していたときは品川区のマンションに住んでたんですけど、契約更新が迫っていたときに「ライブしに来ないか?」ってアテネのイベンターから電話をもらって。 フライト代も出してくれるという話だったし、そのオファー自体は受けることにしました。そのライブがちょうど契約更新の翌々日で、何かの縁かもしれないなと思って、思い切ってマンションを引き払ったんです。で、イギリスに学生として暮らすことにして。向こうにアテがあるわけでもなかったので、長期で住むには学生になるしかなかったんですよ。

―いわゆるインストのエレクトロニック・ミュージックだと、ロンドンやヨーロッパのほうがリスナーも多いし理解もあるから、自分の音楽も受け入れられやすいのではないか、という話をしているのも見かけました。

吉田:それもなくはなかったとは思います。東京での活動も楽しんではいたけど、これで生活していくのは至難の業だろうなって肌で感じていたので。ロンドンに出ていけば、自分が作ってる音楽で生活できるようになるかもしれないという期待はありました。

―そのあたり、実際にロンドンで暮らしてみてどうでしたか?

吉田:音楽が好きな人にとっては、たまらない街だと思います。例えば、ロンドンのハコは東京に比べて設備がお粗末なところも多いんですけど、少なくともライブをするうえでノルマを課せられたことはなかったですね。出演料はゼロでも、タクシー代だけ出してくれたり、好きなだけ食べさせてくれたりする。そういうところも含めて、音楽がよりカジュアルというか、日常生活の一部として根付いているんだなと実感しました。

―それでも最初のうちは、生計を立てていくのも大変だったんじゃないですか。

吉田:そうですね。最初の4年間は学校に通いながら、バイトもやりつつ音楽もやっている三足のわらじ状態でした。でも、バイトしながら英語力を培ったところもありますし、いい面でも悪い面でも勉強になることは多かったですね。経済的には苦しかったけど、そういう苦労も含めて楽しんでいました。

―ロンドンでの生活によって、音楽的な面で変わったと思うことは?

吉田:ロンドンのオーディエンスの特徴のひとつとして、オープンマインドなところがあると思います。とにかく、みんな分け隔てなく音楽を聴いてるんですよ。DJイベントにしても、いろんなジャンルを縦横無尽にミックスする人が多いんですけど、それに対して「これは好き、これは好きじゃない」みたいなリアクションを見せる人はあまりいなくて、選曲の幅広さに対応するだけの器量をオーディエンスが備えている感じがする。そういう空気感をずっと肌で感じながら、自分の視野も少しずつ広がっていったのかなって思います。

―そのオープンマインドな感じは、僕もロンドンに行ったとき感じました。でも、一方で冷たくもありませんか? フラットに音楽を評価するぶん、ヘタなことでは喜ばないというか。

吉田:たしかに、そういうシビアさもありますね。みんな耳が肥えてるので、あからさまにヤジを飛ばすような人はいないけど、露骨に反応に出るというか。客席が盛り上がってないと、おしゃべりが止まらなかったり。逆に、問答無用にいいライブをしていると、そういう人たちも黙りますし。本当に正直なオーディエンスだと思います。

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