ジョン・レノン、たった1日で作り上げた「インスタント・カーマ」制作秘話

49年前の1月27日にジョン・レノンは、たった1日で「インスタント・カーマ」を作り上げた(Photo by Penny Tweedie/CORBIS/Corbis via Getty Images)

49年前の1月27日、ジョン・レノンは新曲「インスタント・カーマ」を生み出すとともに、ビートルズとは別の新しい未来を垣間見た。その制作秘話を振り返る。

1970年1月27日、ジョン・レノンは自分の未来をかすかに捉えた。それはオノ・ヨーコと2人でオノと元夫トニー・コックスの間に生まれた娘と、コックスの新しい妻メリンダ・ケンダールを訪れるため、1カ月弱にわたって滞在していたデンマークから帰国した後だった。デンマークでの会話のなかで「カルマ(業)」というアイデアが話題に上り、語り合った。ティッテンハースト・パークの自宅で目を覚ました1月27日の朝、レノンの脳内にはその時のアイデアが残っていた。

起きて間もないうちにレノンはピアノの椅子に腰掛けると、「スリー・ブラインド・マイス(3匹の盲目ネズミ)」にも通じるベーシックな和音をもとに「インスタント・カーマ(Instant Karma! (We All Shine On))」を弾き始めた。「ダーリン落ち着くんだ/人類の仲間に加わらないといけない」と歌うこの楽曲は、アドバイスをもたらすと同時に警鐘を鳴らしている。1時間も経たないうちにレノンは作曲を終え、忘れないように何度も繰り返し弾いた。その時はレコーディングについて考えなかったのか? というローリングストーン誌の1970年のインタビューに対し、レノンはこう答えた。「作業部屋に行って何度も歌った。そこで『よし、やろう』と決めたんだ。そこからスタジオを予約した」

午後には、アビー・ロード・スタジオにレノンのクルーが勢揃いしていた。ジョージ・ハリスン、キーボード奏者のビリー・プレストン、そしてベーシストで友人のクラウス・フォアマンというお馴染みの面々だ。1969年にカナダのトロントで開催された「トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル」のステージでレノンと共演を果たしていた、のちにイエスのドラマーとなるアラン・ホワイトも呼び出されていた。「ジョンがすごくいい曲を作って、シングルにしたがってるんだ」と(当時ビートルズのもとで働いていた)マル・エヴァンズが電話をかけてきた、とホワイトは言った。「その頃はまだビートルズの解散の話はなかった。きっとその前の出来事だったのかな」

Translated by Shoko Natori

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