85年1月末「ウィー・アー・ザ・ワールド」の収録裏話

1985年1月28日、ハリウッドのA&Mスタジオに集まった音楽界のビッグスターたち(Photo by Bettmann)


これだけのセレブが集まってはみたものの、スタジオ内には曲に対する反対意見もあった。曲が少々わざとらしいと感じる者もいた。「あの場にいたほとんどの人間が、あの曲をあまり気に入っていなかったが、誰も口に出さなかった」2005年、ビリー・ジョエルはローリングストーン誌のインタビューで答えた。「シンディ・ローパーが近寄って、こう耳打ちした。『なんかペプシのコマーシャルソングみたいね』僕も反対はしなかったよ」プリンスはあえてプロジェクトへの参加を断った。その理由については諸説あるが、彼は最終的に、この曲と合わせてリリースされたフルアルバムに1曲提供し、代わりにヒューイ・ルイスがソロパートを担当した。

レコーディングは12時間弱にわたり、翌朝8時まで続いた。最後までスタジオに残っていたのはジョーンズとリッチーだけだった。その時彼らの手に託されたものが、やがて大記録を打ち立てる。1985年3月7日にリリースされるや、アメリカのポップソングとしては前代未聞のスピードセールスで、3日間で80万枚を出荷。最終的に全世界で2000万枚以上のセールスを記録し、80年代最大のベストセラーとなった。すでにご承知のとおり、アフリカおよびアメリカの人道支援に6300万ドル以上もの募金を集めた。ジョーンズにとっては今でも、これが輝かしいキャリアの中での最高の瞬間だという。「はるか遠くで過酷な状況に苦しむ人々を救うために、世界中から46人のビッグスターがひとつの部屋に集まった」2015年、USA Today紙とのインタビューで彼は当時をこう振り返った。「あの夜、あの経験を、そっくりそのまま再現することはできないだろう。私は音楽の力を理解しているし、音楽の力が人々をひとつにし、人類をより良い方向へ導いてくれると信じている。『ウィー・アー・ザ・ワールド』という作品ほど、このことを最も表しているものは他にないだろうね」


Translated by Akiko Kato

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