ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜

というわけでお試しの日が来たわけですが、この仕事、どこに難易度があるかといえば、お客さんがその場で「〇〇(曲名)歌いまーす」と言った直後にカウントが始まる、完全ぶっつけなところです。以前紹介したGBは事前に曲目リストをもらえるけど、オープンマイクはほんとにすっぴんを試される。

あらかじめ指定されていたカバーを2曲やったのち、のど自慢タイムのスタートです。ヴォーカルの人がそのまま司会にスライドする仕組み。ハイじゃあ最初の人~、なになにシャカ・カーンの「Ain’t Nobody」? よかった有名曲です。次の人は「ラップするから適当にブーンバップ」と言うので、バンマスが提示したコード進行をなぞって無事終了。

次の女性がメアリー・J・ブライジ「You Remind Me」をコール。これが地獄タイムの始まりでした。知らなかったんです、恥ずかしい話。バンマスにピアノの手もと見せてもらってなんとか切り抜けました。そしたら今度はデスチャの「Say My Name」。うわー、サビしか知らない。「ヴァースのコードなんだっけ」って聞くと、立て続けなこともあって「ヘーイ、ビヨンセだぜ」と呆れ顔をされてしまいました。

さすがに大丈夫なコモンの「The Light」とメアリー・J・ブライジ「Real Love」を挟んで、次の人はSWVって言ってる。マズい。SWVって「Rain」「Weak」しか知らない。コールされた曲名は「I’m So into You」。聴いたことある気もするけど、どんなだったっけ......。あやふやなまま曲が始まってしまい、オタオタしてたらバンマスが「おれがベースライン弾くから弾かなくていい」と。

いやな汗でびしょびしょです。けど次の男性が「マイケル・ジャクソン」と言ったので救われた~、と思ったら曲名が「Butterflies」。ファッ?! 帰りに調べたら2002年のシングル曲です。もうあまりのいたたまれなさに記憶もあやしいのですが、「あんな知識をまくし立ててたのにマイケルも知らないのか」的な視線を受けながら、残りの1時間ちょっとを過ごしました。

楽器を片付けているとバンマスが肩に手を回しながら、笑顔で「グッジョブ。来週からは客として来てくれたらうれしいな」。デスヨネ~。

これどういう話かというと、まず呑み屋のお客さんって30~40代がボリュームゾーンで、彼らがカラオケで歌うのは青春期の思い出ソング、つまり90年代から00年代のチャート曲なわけです。TLC、メアリー・J、デスチャ、ボーイズIIメン。日本で言ったらSPEED、globe、MAX、DA PUMPですわ。

ところがまさにその時期、自分は東京で通な洋楽リスナーを気取っていて、リアルタイムのヒットソングをほとんど聴かないで過ごしていました。正直に言えば、あんなチャラいの聴けんわ、なんて敬遠してたんです。それで古いレコード、特にレア盤とされる音源ばっかり気にして、サバービア・スイートのディスクガイドをめくりながら、FUNK45の再発ドーナツとかを買って過ごしていた。

それはそれで楽しかったけど、そのスノビズムの薄っぺらさ、黒人音楽ファンとしての基礎グラグラっぷりを、この年になって突きつけられたのが今回の一件だなーと思っています。

映画でいうなら、ジャック・リヴェットやロメールはもちろん、フェリーニにトリュフォー、キアロスタミやクストリッツァ、もしくは溝口や成瀬なんか見てはシネフィルを気取ってるけど、『インディ・ジョーンズ』や『ロボコップ』をろくに見てないサブカルくそ野郎のことを想像してみてください(恐ろしいことに、これもまた私のことです)。

バスに乗って帰る道すがら、腕前だけでのしていけるほど楽器うまくないし、ど真ん中のレパートリーも知らないサブカルくそ野郎だし、もうほんとに自分は通用する要素がなんもないな、無だな。と打ちひしがれていました。たぶんアメリカに来ていちばん落ち込んでいた。

なんですけど、立ち直りました。帰ってから、さっき知らなかったヒット曲をググって耳コピしてたら、ぜんぶ素晴らしくて。楽しくなってきちゃって。音楽で受けた傷は音楽によって癒されねばならぬ。なんてどこかで聞いたような話だけど、空っぽならこれから埋めてくよろこびがあるってことで。そうでも思わんとやっていけん!



唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。最近自宅の近くに事務所兼スタジオを借りまして、セントラルパークをもじって「GENTRAL PARK」と名付けました(GENTRALは「寝ぼけた」という意味のスラング)。twitter : @rootsy

◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」

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