リンゴ・スターとイーグルスのジョー・ウォルシュが語る、長年苦しんだアルコール中毒と薬物依存症の苦悩

2018年に行われたNational Council on Alcoholism and Drug DependenceのFacing Addictionガラに登場したリンゴ・スター。


ジョー・ウォルシュのスピーチの全文は以下の通り。

みんな、元気かい? 俺はジョー、アルコール中毒だ。それ以外にも好きなものがけっこうある。ありがとう。誰も来ないと思っていたよ。みんな、ここに来てくれてありがとう。リンゴとバーバラもこの賞のプレゼンターを務めてくれてありがとう。あのシェア・スタジアムで、バック姉妹と俺の距離が1.2メートルくらいしか離れていなかったことを後で知った。まったく、あの頃の俺はビートルズに会いたかったけど、今ではその一人が俺の義理の兄弟だ。みんな、願い事をするときはよく考えてね。どんな人の願いも叶うから。

たくさんの知人がいる……みんな、ありがとう、ありがとう、みんな。愛している。みんながここに来てくれて恐縮しているよ。

俺が生まれたのは1947年。50年代初頭、知らず知らずのうちに、俺は注意力散漫、強迫神経症、若干のアスペルガー的症状を抱えていた。それがどんなものなのか、当時は一切気づいていなかった。当時の医学ではそういった症状を判断することができなかった。だから「難しい子ども」と呼ばれるだけで、俺も難しい子どもだった。一つのことを完了することができず、すぐにキレていた。やろうといろいろ考えていたことを3つくらいまで終えると、違うアイデアが浮かんでしまう。するとそれが最優先になる。そんなことの繰り返しだった。俺は算数ができなかったし、学期末レポートを完成させるのも無理だった。理科のレポートの締め切り前日に、両親に理科のレポートを書かないとダメだと伝えるような子どもだった。他の子供とそんなふうに違っていた。そのせいで、俺は怯えていた。本気で怯えていた。だって、自分が馬鹿に思えたし、孤独だったし、誰も理解してくれなかったのだから。自分のどこかが正常じゃないことはわかっていた。でも、問題ないことも知っていた。そんなふうに、怯えながら俺は成長した。

10代後半でミュージシャンになることに決めた。数人の前でギターを弾こうとしたが、できなかった。それで本当に怖くなった。弾けなくて、呼吸亢進になり、身体が震えだし、泣き出した。プレイできなかったから、しばらくギターと距離を置いた。でも、この状態を克服するか、一生ギターを弾かないかのどちらかしかないともわかっていた。しばらくして、ビールを2杯飲むとギターが弾けることに気づいた。問題なく弾くことができた。恐怖も消えるし、気分も良いし、自信もでる。「これだ」と俺は思い、人前でギターが弾けるようになった。そう、これが問題の種を蒔いたわけだ。俺の中でアルコールは勝者となった。「良いものを見つけたぞ、これでミュージシャンになれる、これでいける」と思い、アルコールを飲み続けた。

カレッジではコカインとその他の薬物と出会った。酒と薬物でハイになりながらアルバムを作った。これが良い出来だった。同じやり方でもう1枚アルバムを作った。前よりも売れた。そこで「やっぱり、これだよ。少しぐらいじゃ隠せるし、それでこの結果だしな」と思った。その後、作ったアルバムが売れない時期がやってきた。そのとき「ああ、まだ飲みが足りないな」と思った。

それが俺だった。そんな状態を何年も続けた。何年も続けて、それが殊の外うまく行った。

摂取する薬物はどんなものでも、少しずつ、でも確実に、それがないと何もできないと思い込ませる。前と同じ結果を得るために、量を増やしていくしかなかった。「もっと手に入れるにはどうしたらいいんだろう? みんなに金を借りているのに」と思いながら、自分にとっての崇高な神的存在がウォッカとコカインになった。進み続け、状況はもっと悪くなった。もっと悪くなったから、音楽をやめ、曲作りもやめた。他の人などどうでもよくなっていた。もう後には引き返せない状況に自分を追い込み、そんな俺と仕事をしたい人など一人もいなくなった。怒りと不機嫌でいっぱいになり、孤独で、人と違っていて、孤立していた。良いことが起きれば自分の功績にした。悪いことが起きれば他人が悪いと思った。そんなふうに、俺は不健全な憎しみの塊と化していた。

それが俺の成れの果てで、アルコホーリクス・アノニマス(以下、AA)に参加した理由だ。自分の人生が良くなったとは言えないが、それ以上悪化しなくなった。それで十分だったし、それで納得している。AAに参加し続けて、男性グループの中で知り合った数人は古顔だった。彼らは俺のせいで大金を失ったが、徐々に自分がユニークな個人でも、比類ない人間でもないと教えてくれた。アル中患者ってだけだと。生まれて初めて自分の居場所を見つけたと感じた。自分では対処できない問題が起きると、AAの誰かがすでに経験済みで、その解決策を知っていた。俺の一番恐ろしい秘密、一番恥ずかしくて恐ろしい過去、秘密、ダーティーな黒歴史、俺が経験してきたヤバいことを、俺より先に他の誰かが経験していたわけだ。

徐々に、時間をかけて、本を読み、段階を踏んで更生するようになった。段階を踏みながら更生しているうちに、その本が呼ぶところの魂の深いところでの目覚めを感じた。不健全な憎しみの塊になっていた俺は本当の俺じゃないという気付きで、本当の自分は誰にも理解されなかった怯えた少年だった、それが自分だと実感したのだ。自分は怯えた少年だと。そしたら、自分の力が戻ってきた。35年間もアルコールに操作されていた心から本来の力を取り戻した。そうして、今の俺がいる。神様の存在、神様と再びつながったこと、更生プログラム、他の人々、更生した人々、それが秘訣だ。

素面になってから25年経つ。みんなに言いたいことは、それがどんなことかを普通の人に伝えるのは無理だってことだ。普通の人たちには、前日や前夜の記憶を失ったまま朝目覚める感覚を理解するのは無理だってこと。そして、普通の人たちには手伝えないということ。連邦議会の連中だって無理だし、俺たちのような人間の更生を手伝えるのは、俺たちのような人間だ。俺たちには同じ経験があるから。過去もその先も知っているし、素面になる方法も知っている。自分が生きているのが不思議でならない。もう死んでいてもいい人間なのに。こんなに長生きする予定ではなかった。だから何をしていいやら、わからないんだよ。サルでもわかる70代の過ごし方って本はないかね?

ここにいる人たちが俺を素面にしてくれたから、俺に助けを求める人がいたから、俺に道を示してくれた人がいたから、顔をだすことにした。世界の人たちが俺のダメっぷりをもう知っているし、だったら公表して、発言して、他のアル中患者を救おうと思う。それが自分のすべきことだから。
ありがとう。

Translated by Miki Nakayama

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