映画『バンブルビー』でザ・スミス「昏睡状態のガールフレンド」が流れた理由

そんな同作でも特に泣かせるシーンが、バンブルビーの「告白」シーン。音声回路が破壊されているバンブルビーは、チャーリーに取り付けてもらったカーラジオのチューナーを素早く切り替え、音楽や言葉の断片を組み合わせてコミュニケーションを取る。そして最強の敵との戦いの中、彼はザ・スミス「昏睡状態のガールフレンド(原題:Girlfriend In A Coma
)」の曲を再構築してチャーリーにメッセージを送るのだ。



ザ・スミスの熱心なファンなら知っているとは思うけど、この曲は「ガールフレンドが昏睡状態。うん知っている、深刻な状況だって。もうこれでお別れだ」なんてブラックな歌詞を呑気なメロディに乗せて歌った、ラブソングからはほど遠いナンバーだ。しかしバンブルビーはそこからスウィートな言葉を抜き出すことで、ザ・スミスの熱狂的なファンであるチャーリーに彼女を大切に想う気持ちを伝える。

とはいえ本作、1980年代の文化的状況をリアルに描いた映画というわけではない。実はザ・スミスがアメリカで特別なロックバンドと見なされるようになったのは、解散後にヴォーカルだったモリッシーがアメリカで成功を収めた1990年代以降のこと。リアルタイムでザ・スミスを聴いていたファンなんてごくごく僅かなのだ。そんな事実を踏まえるとチャーリーとは、「リアルタイムでザ・スミスを聴いて青春をこじらせたかったなあ」という当時ティーンだったアメリカの中年たちの妄想が具現化した存在なのかもしれない。



『ストレンジウェイズ、ヒア・ウイ・カム』
ザ・スミス
「昏睡状態のガールフレンド」収録の1987年作。ストリングスやピアノの導入がもたらした穏やかなトーンが印象的。音楽面のリーダー、ジョニー・マーのサウンド志向は既にギターバンドの枠をはみ出しはじめており、彼はアルバム完成後に脱退。結果的にバンドのラスト作となった。

長谷川町蔵
文筆家。最新刊は小説『インナー・シティー・ブルース』(スペースシャワーブックス)。その他の著書に『文化系のためのヒップホップ入門』(w/大和田俊之)。その他の著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『あたしたちの未来はきっと』、『聴くシネマ×観るロック』など。

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