元マネージャーが語る、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』が世界を変えた瞬間

パリのLe Zenithでのカート・コバーン 1992年6月24日(Photo by Gie Knaeps/Getty Images)

先日発売されたカート・コヴァーンの伝記『Serving the Servant: Remembering Kurt Cobain』において、ニルヴァーナの元マネージャーDanny Goldbergは、瞬く間に頂点に上り詰めたバンドの軌跡、そして手にした名声に戸惑い続けたコバーンの思いについて触れている。

Danny Goldbergが、1991年にニルヴァーナのマネージャーに就任した時、彼らはシアトルのシーンの若手注目株のひとつに過ぎなかった。しかし彼が執筆したコバーンの伝記本『Serving the Servant: Remembering Kurt Cobain』には、バンドをめぐる状況は直後に一変したと記されている。今月25周忌を迎えたコバーンの生涯と音楽、そしてプライベートな作品の数々について触れた同書を執筆したGoldbergを、コバーンはかつて「もうひとりの父親」のような存在と呼んだ。同書から抜粋された以下の章では、『ネヴァーマインド』が世に出るまでの数ヶ月間の喧騒、そして破格の成功に戸惑うコバーンが抱えていた複雑な思いについて、Goldbergが当事者ならではのリアリティに満ちた言葉で綴っている。

シアトルのシーンの住人の中には、巨大な波の到来を予見していた人物もいた。Jennie BoddyはSusie Tennantと共に訪れたシアトルのクラブOK Hotelで、『ネヴァーマインド』に収録されることになる曲を初めて耳にした時のことについてこう語る。「「ティーン・スピリット」と「リチウム」を聴いた時は、あまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。スージーは興奮のあまり過呼吸気味になってた。モッシュピットで暴れてる連中さえも、それがどれだけすごい曲かってことは理解してたと思う」

その数ヶ月後、彼女はOff Rampで再びバンドのライブを目撃した。「ドラムがグロールに代わったことで、ライブにおける新曲群のパワーはさらに増してた。彼らはたっぷり演奏して、ショーは深夜2時にようやくお開きになった。一旦は機材も全部片付けれらたんだけど、結局彼らはステージに戻ってきて、さらに数時間演奏し続けたの。カートはすごく幸せそうだったわ」



1月に『ネヴァーマインド』がビルボードチャートの首位を飾った時、ニューヨークタイムズ紙からレーベルのマーケティング戦略について尋ねられたゲフィンのEddie Rosenblattは、記者に対し「邪魔だ、失せろ」と言い放った。「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」が奇跡のような曲であり、誰がどのように扱ったところで巨大な成功を収めていたであろうことは明らかだった。それでもバンドとDGCは、ニルヴァーナのメジャーデビュー作の発表における戦略を徹底的に練っていた。

Translated by Masaaki Yoshida

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