キース・リチャーズが語る、ソロ活動を通して実感したミック・ジャガーのありがたみ

―過去に、ストーンズのメンバーがバンド以外で冒険するのは間違いだ、彼らはできると思っただろうが実際はできなかった、と発言したことがありましたよね。

嬉しかったのは、ストーンズから出ることができたのと同じくらい簡単に戻れたこと。ただ、フロントマンをやってみてかなり学んだ。それに、前よりもありがたいと思うようになった。つまり、ミックの視点から見るってことな。特にステージで演奏するときに。あの経験のおかげでバンド活動するときにメンバーとしてやるべきことの視野が広がったよ。フロントマンに対してもっと尊敬の念を抱くようになった。

―フロントマンに尊敬の念を抱くようになった理由は何ですか?

常に自分がフロントマンであることを自覚することさ。四六時中そうなる。ストーンズだと、俺は好きな時に前に出ていけるし、バンドに身を潜めてグルーヴに徹することもできるという素敵な立ち位置だ。俺には選択肢があるわけだよ。でもフロントマンにはそんな選択肢はない。

―あのアルバムはケベック郊外のお屋敷で作業を始めましたよね?

ああ、そうだ。そこでバンドの名前、X-Pensive Winosも生まれた。誰かがシャトー・ラフィット・ロスチャイルド1938年か何かを一箱贈ってくれて、俺はスタジオにその箱を置きっぱなしにして出た。あとでスタジオに戻ったら箱が空っぽになっていた。だから「これをバンド名にしょう」って提案したんだよ。

―作業はどんなふうに行ったのですか?

みんなで協力しながらやった。最初のセッションはバミューダで行ったね。必ず住む場所があって、自分たちで料理もしていた。いつも最高に楽しくて。ほんと、懐かしいよ。

―アルバムの2曲目の「ストゥッド・ユー・アップ/I Could Have Stood You Up」はアーリーロックの佳曲で、ミック・テイラー、ボビー・キーズ、ジョニー・ジョンソンが参加しています。このセッションはどのように実現しましたか?

ジョニー・ジョンソンと知り合って仲良くなったことが一番のきっかけだった。ジョニーと知り合ったのはチャック・ベリーの映画の最中だ。(映画『チャック・ベリー ヘイル!ヘイル!ロックンロール』の)リハーサルの初期段階で、俺が「なあ、チャック、ジョニー・ジョンソンって、今でもこの近くに住んでいるよね」と言ったのを覚えている。ジョニー・ジョンソンはスチュ(故イアン・スチュワート、ストーンズのピアニスト)が教えてくれたから知っていた。スチュは「ジョニー・ジョンソンが生きていること、元気なこと、セントルイスでプレイしていることを絶対に忘れるな」ってよく言っていたんだ。だからチャックにジョニーの話題を振ってみた。そのときの印象は、ふたりとも何年も会っていないって感じで、あまり仲も良くないみたいだった。でもチャックは何事もないように、俺の方に振り向いて「ああ、そうだ、この近くだ。あとで電話してみるよ」と言ったのさ。俺がそんな話をしたおかげで、ふたりが再び連絡を取ったってこと。そして、俺たちのレコーディングにもジョニー・ジョンソンが来てくれて、バンドに魔法をかけた。そのあとも彼の素晴らしいキャリアが続いた。ある意味で、ジョニーがあのロックンロール・ブギー曲のインスピレーションと言える。一旦グルーヴに乗っかってしまうと、あとはマントラを唱えるように無心でやるのさ。

Translated by Miki Nakayama

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE