デビュー40周年のASKA、「万里の河」をめぐる出会いのストーリー

「ASKA CONCERT TOUR 2019 Made in ASKA - 40年のありったけ -」の様子。(Courtesy of ASKA)



―(笑)。さっきおっしゃっていた、「万里の河」の時に試してみたヒットのhow toって何だったんですか?

ASKA:僕が注目していたのは2ビート。その中でちょっとエスニックな感じで、サイモン&ガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」みたいな音と、自分が持っているポップス的な要素と歌謡曲っぽい要素を全部織り交ぜて、すごく覚えやすいものをサビをリズムに乗せてぶち込んでいくっていう方法でしたね。実際それを組み合わせてできたのが「万里の河」だったんですよね。

―頭の中のhow to を実践して実際にヒットさせられるのも考えてみたら凄い話ですよね。

ASKA:まぁ当時の若さが生んだ思い込みですよ。だって部長のところまで行って「今度、必ず売れる曲を書きますので、プロモーションにはお金を使ってください」っていうヤツなんて普通いないでしょ? デビューしたてで21歳で「ヒット曲出すのでお金使ってください」ってどう考えてもヘン (笑)!

―その“変”を人は才能と呼ぶんだと思うんです。ところで、最初は歌詞はなかなかOKが出なかったとのことですが、歌詞の部分で納得が出来るようになったのはいつ頃ですか?

ASKA:プロデューサーから何度も歌詞を突き返されていたので、1stアルバム『風舞』を出した時には、すごく自信はついていましたね。それともう一つ、ライバルの先輩がいたから。長渕剛っていう。一緒に遊んだり話したり飲み食いしたりしていたんです。彼もヒット曲が出ないって悩んでいた時に、「順子」がヒットして、それを横で見ていて、後輩としてはただ先輩を見送るだけじゃ駄目だなぁと。やはり並び立たなきゃという気持ちがあって、それをすごく意識したんです。とはいえ、音楽を意識したんじゃなくて、ああいうしっかりとしたポジションを意識しましたね。剛さんは当時からライブで男性ファンを相手にすると公言してやっていたので。僕達はセブンティーンや明星や平凡に出たりでノンポリだったので、音楽をやる上でいい刺激になりましたね。それは今でもそうですけど。

―音楽的な変化ということで言うと、今回のライブのMCでデイヴィッド・フォスターの影響を口にしていましたね。

ASKA:デイヴィッド・フォスターとは去年とうとうお会い出来ました。彼のブルーノートのライブにお邪魔して、終演後に楽屋に行ったんです。そしたらいきなり「歌ってみなさい」って言われてね。ピアノが横にあったので即興で歌ったんです。それで彼にアルバムを渡して、一緒に仕事をしてみたいということを伝えたんです。僕はデイヴィッド・フォスターと出会って本当にまるっきり楽曲をつくることへのアプローチが変わったので。

―具体的にはデイヴィッド・フォスターからどんな影響を受けたんですか?

ASKA:音楽的な話をすると1度から4度っていうサビの進行があるですが、デイヴィッド・フォスターは、1度、4度を多用する人なんです。その技法はとっても基本的なことなんだけど、その基本的なことを気持ちよく聴かせる手法を持っている人なんです。当たり前なことをしてるのに、なんでこんなに気持ちいいんだろうって思っていて。彼に影響されて初めて書いたのが「LOVE SONG」。それから「MY Mr. LONELY HEART」という曲はもろシカゴだしね。それから「はじまりもいつも雨」もデイヴィッド・フォスターに影響されています。そして、その頃から、自分の楽曲がどんどん変わっていって。今でこそ「転調と言えばASKA」と語ってくれるミュージシャンがいたりもしますが、その転調もデイヴィッド・フォスターの影響です。





―デイヴィッド・フォスターの作品としては何が一番お気に入りですか?

ASAK:『シカゴ16』ですね。あのアルバムが出た時にはビックリして、慌てて『16』から遡ってシカゴのアルバムを買い揃えましたね。だけど、『16』より前のアルバムは自分の趣味とは違うわけです。『15』と『16』でまるっきり違うわけです。何でこんなに変わったんだろうと調べてみるとプロデューサーがデイヴィッド・フォスターに変わったことが分かった。それでデイヴィッド・フォスター作品を意識して集めましたね。『セント・エルモス・ファイアー』という映画のサントラも前から大好きで、よく聴いていました。ところが、それもデイヴィッドの作品だった。その時思いましたね。彼の音楽には、自分を変えるヒントが散らばっているんだと。ミュージシャンとかプロデューサーにこんなに刺激を受けて崇拝することは生まれて初めてでした。もちろんビートルズは、この上なく素晴らしい。でも、僕が初めて衝撃を受けたのはデイヴィッド・フォスターでした。それからは楽曲の作り方が全面的に変わったし、一斉に世間が注目し始めてくれました。

―そうだったんですね。ちなみに、谷川俊太郎さんとの対談の中で、ASKAさんは「メロディは振り向かせるもの。言葉は掴むもの」と言っていましたが、ASKAさんが凄いのはヒットする=振り向かせるだけではなく、世代や時代を超えて、長い間その曲が愛されている=心を掴む点だと思うんです。しかもそうした曲が何曲もあるのは凄いとか言いようがない。

ASKA:でも、ものすごく簡潔で、全てが出会いなんです。出会いと別れで人生は全て説明が出来るんです。僕は、本当にたくさんの人と出会って、たくさんの刺激を受けた。刺激とは与えるモノではなくて、勝手に受けるモノですから。自分が反応しなければ何も起こりません。そのような出会いを、「僕はラッキーだった」と言っています。本当に「出会い」。これだけでした。

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