ウィキリークス創設者・ジュリアン・アサンジ逮捕、性的暴行から共謀罪まで容疑の全てを解説

アサンジはその後2年間イギリスに留まり、スウェーデンへの身柄引き渡しに抵抗した。2012年6月、英国最高裁判所が上訴を棄却した直後、アサンジはロンドンのエクアドル大使館に庇護を求めた。そしてつい先日の2019年4月11日まで、そこに留まった。

アサンジに対するスウェーデンの捜査は2017年に「中止」されたが、検察官はそれは彼の容疑が晴れたからではなく、彼が大使館内にいる間、彼に容疑について正式に通知できなかったためだと強調した。当時、検察局長のMarianne Ny氏は、「もし後々彼が対応可能な状態になれば、直ちに捜査を再開できるだろう」と述べた。

11日の時点で、スウェーデン当局はそうする準備ができていたようだ。スウェーデン検察当局は、被害者の1人が訴訟の再開を求めていると発表した。検察副部長のEva-Marie Persson氏は声明で次のように述べている。「捜査はまだ再開されていない。再開されるかどうかは現時点ではわからない」

彼女は決断の期日を明言しなかった。アサンジに係る各種の犯罪容疑は2020年まで時効とならない。

裁判所への出頭の不履行(イギリス)
ロンドン警視庁は11日にエクアドル大使の招待を受けてエクアドル大使館に入館した。エクアドルは2012年6月にアサンジの亡命を「彼が国際条約と日常生活の規定に繰り返し違反した後に」撤回した。彼は2012年に裁判所への出頭を怠った罪で逮捕された。アサンジは今回の出廷前にロンドン中心部の警察署で調書を取られ、保釈中逃亡の罪に問われた。逮捕から2時間後、警視庁は、アメリカ合衆国を代弁し、アサンジが「追加逮捕」されたと発表した。

コンピュータ侵入共謀罪(米国)
アサンジ逮捕のニュースが駆け巡ったあと、司法省はコンピュータ侵入共謀罪を言い渡すため米国へのアサンジの身柄引き渡しを求めていたと明らかにした。
11日に公表された法廷文書で、司法省は、アサンジが2010年に、国防総省のコンピュータに保存されているパスワードを解読の援助を行うことで元陸軍2等兵チェルシー・マニングと合意したと主張している。(起訴状によると、アサンジは試みたが失敗したとされる)起訴状の説明では、マニングがアサンジに「このアップロードの後、残された私の使命はそれだけだ」と言い、それに対しアサンジはこう答えたとされている。「私の経験上、世間の好奇心が枯れることは決してない」。

2013年2月、マニングは軍事規制違反の罪状を認めた。オバマ大統領が彼女の刑を宣告した後、彼女は2017年に釈放された。マニングは、今年2月に検察側の証人として召喚され、それを拒絶したため逮捕され法廷侮辱罪に問われた。彼女は現在も拘留されている。

有罪判決を受けた場合、アサンジは共謀罪単体で最高5年間の収監を言い渡される。報道によれば司法省は、彼に対して追訴を予定しているとのことだ。アサンジの弁護士団は11日、身柄引き渡し要求に抗戦すると述べた。

Translated by Chihiro Sato

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