RADWIMPS 野田洋次郎が見てきたポップカルチャーの原風景

RADWMIPS 野田洋次郎(Photo by OGATA for Rolling Stone Japan、Styling by Daisuke Fujimoto、Hair and Make-up by Asami Nemoto)



レディオヘッドとレッチリに教えてもらったこと

ー2015年にMr.Childrenと対バンしたときのMCだったと記憶してるんですけど、「アメリカにいたときは日本から届けられたミスチルの音源が入ったカセットテープを擦り切れるまで聴いていた」と言ってましたよね。だから、ミスチルと対バンできるのは自分にとって夢のようなことだと。


野田:ああ、そうそう! それはナッシュビルにいたときですね。従兄弟が遊びに来たときにそのカセットテープをもらって。その従兄弟はミスチルが大好きで自分で編集したミックステープをくれたんですよ。ナッシュビルにいる4年間ずっとそれを聴き続けてましたね。

ーもしかしたら、当時のナッシュビルでミスチルを聴いてた唯一の小学生だったかもしれないですよね(笑)。

野田:ほんとにそう(笑)。

ーで、小5のときに日本でスピッツを聴くようになって。

野田:そこから中学生になるとオアシスやブラーとかUKのロックバンドを聴くようになるという流れでしたね。

ー洋次郎くんにとってブリットポップはどんなところが魅力的でしたか?

野田:もしかしたら俺の中ではビートルズを聴くような感覚で聴いてたのかもしれない。なんて言うかな? 教科書になり得るロックというか。メロディとかコード感も覚えやすいし。

ーコピーしやすかった。

野田:そう。たぶん人生で一番歌ったのはオアシスとハナレグミの曲じゃないかな(笑)。

ーでも、ハナレグミはだいぶ大人になってからでしょ?(笑)。

野田:うん。でも、通算でカウントするとハナレグミの曲もかなり歌ってるから(笑)。

ーちなみにオアシスだとどんな曲をコピーしてたんですか?

野田:ありとあらゆる時代の曲をコピーしてましたよ。たぶんほとんどの曲を弾けると思います。代表的なところでは「シャンペン・スーパーノヴァ」、「ワンダーウォール」、「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」、「ドント・ゴー・アウェイ」、「ホワットエヴァー」、「リヴ・フォーエヴァー」、「スーパーソニック」とか。当時は次から次へとコピーしてましたね。

ーそこで聞きたいのは、今日はルーツから派生して「野田洋次郎にとってのヒーローはいたのか?」という質問もしたかったんですけど、洋次郎くんにとってギャラガー兄弟はそういう対象だったんですかね?

野田:ギャラガー兄弟はね……ああ、でも、ヒーローではあるな。サマソニで初めてオアシスのライブを観たときに泣けたもんな。無条件に泣けた。でも、俺にとってギャラガー兄弟は“カッコいいヒーロー”という感じではなくて、“憧れのあんちゃん”的な感じというか。ステージで神々しいというタイプでもないじゃないですか。

ーそうですね(笑)。やさぐれた兄ちゃんって感じですよね。

野田:まさに。英語のイントネーションもやたら田舎っぽい感じがあって(笑)。そういう意味ではレディオヘッドのトム・ヨークのほうが俺にとってはヒーローかな。

ーレディオヘッドもブリットポップからの流れで聴くようになったんですか?

野田:その流れで当然のようにレディオヘッドの音楽とも出合うんだけど、アルバムで言うとちょうど『OK コンピューター』(1997年)あたりだったんですよ。「あれ? なんだ、この難しい音楽は!?」というのが最初の印象でしたね。

ー出会いがその前の『ザ・ベンズ』(1995年)だったらそうは思わなかったかもしれないね。

野田:そうそう。高校に入ってから『ザ・ベンズ』あたりも遡って聴くようになってどんどんハマっていったんだよね。中学時代はずっと弾き語りをやっていたから、『OK コンピューター』はあまり弾き語りには適さないっていう。

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