クイーンとして生き抜いた、フレディ・マーキュリーという悲劇的なラプソディ

クイーンは1980年代もツアーを続け、世界中のスタジアムやアリーナを埋めた。大規模すぎるツアー、豪華すぎるライブは不評を買う原因ともなり、クイーンはアートではなく“商売”だという人もいた。さらにいくつかのよくない出来事によって薄情な“商売”だと判断されたのだ。1981年初期、クイーンは初めて、短くも重要な意味を持つ南アメリカ・ツアーを行うことを決めた。南アメリカのオーディエンスのためにそこまでの労力をかけようとしたバンドはそれまでにいなかったため、それは立派な志によるものと思われた。最初のライブはブエノスアイレスで行われ、国内で史上最大のライブになる予定であった。当時、アルゼンチンは軍事独裁政権が支配しており、左翼と一般市民に対し、統治期間中に30,000人に上る死者を出した「汚い戦争」が繰り広げられていた。クイーンはそのツアーを正当化しようとした。「俺たちはファンのためにプレイしたんだ。それ以外の目的があって行ったわけじゃない」とテイラーは言ったが彼らは評判を落とした。そのイメージはクイーンが1984年10月に南アフリカ、ボプタツワナのサンシティ・スーパーボウルで12公演を行うことを決めるとさらに悪化した。当時、南アフリカはまだ悪しきアパルトヘイトが実施されており、国連が南アフリカとの文化交流はボイコットするように呼びかけていた。加えて、イギリスの音楽家ユニオンは加盟メンバーのサンシティでの公演を禁止していた。事前にイギリス国内で激しい議論が巻き起こったにもかかわらずクイーンは敢行したが、初日のライブでマーキュリーは喉を潰してしまいいくつかの公演をキャンセルすることとなった。

これらの国で公演を行ったことによってクイーンは権力者につくイメージがついてしまった。その頃にマーキュリーは「俺はメッセージ・ソングを書くのは好きじゃない」と語っている。彼は自分たちはエンターテイナーであり、政治的思想とは切り離されたバンドであって、その国の国民のためにライブをしたからといってその国の政府に賛同しているというわけではない、と彼は力説した。しかし、その反動は強く続いた。1984年の終わりに行われたバンド・エイドの「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」のチャリティ・レコーディング(ボブ・ゲルドフとミッジ・ユーロが中心となってエチオピアの飢餓救済のための資金集めを目的として行ったプロジェクト)にクイーンのメンバーが呼ばれることはなく、マーキュリーは本当に心底胸を痛めた。その頃、バンドは集団うつ状態に陥っており、複数の記事が解散状態、もしくは少なくとも長期活動休止中であったと報じていた。マーキュリーは後に「クイーンが何のためあるのかわからない」と語っていた。

数カ月後、ゲルドフは1985年のライヴ・エイドのロンドン公演(アメリカ公演はフィラデルフィアで同時開催)への参加依頼を出した。クイーンは最初、躊躇した。日の光の下でライブをすることになり、彼らはそれを好まず、サウンドの質に関しても心配していた。また、ロンドンの会場には、ポール・マッカートニー、U2、エルトン・ジョン、ボウイ、ザ・フー、そしてスティングとフィル・コリンズの共演など、ビッグネームな競争相手がおり、その頃の政治的な失敗からして、おそらくクイーンは自分たちはイベントに合わないだろうと感じていた。しかし、ゲルドフは彼らを説得し、ライヴ・エイドが7月13日夕方、世界中に放送される中、ウェンブリーのステージに上がった22分後、クリーンは誰も予想できなかったヒーローとしてステージを後にしたのだ。エルトン・ジョンはバックステージのツアーバスの中でクイーンのメンバーを見つけ、「クソ、君たちに全部持っていかれた!」と言った。「俺たちの人生で最も素晴らしい日だった」とメイは語っている。

そのライブのおかげでバンドは一気に復活を果たした。9月になるとクイーンはミュンヘンで『カインド・オブ・マジック』の制作に取りかかり、1986年の夏ツアーの準備も始めた。「俺たちはたぶん今、世界最高のライブ・バンドだと思う。そして、それを証明してみせる…。『ベン・ハー』が『マペット』に見えてしまうようなツアーになるだろう」とテイラーは語った。ライブは、これぞ正真正銘の絶頂期のクイーンだ、という宣伝の仕方に恥じないようなものであった。しかし、マーキュリーは精神状態が安定しない時期でもあった。スペインで言い争いになった時、彼はディーコンに「こんなことを一生やっていくつもりはない。これでおそらく最後だ」と言った。メンバーはひどくショックを受けた、とメイは言う。

Translated by Takayuki Matsumoto

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