世界的ヒットを遂げたダンス・ポップ歌姫、エイバ・マックスが語る「夢の実現」

「スウィート・バット・サイコ」で一躍世界的スターと化したエイバ・マックス


彼女が14歳の時、両親はマックスのリクエストによって 、拠点をロサンゼルスに移した。しかし事態は、彼らが想像していなかった方向に向かった。プロデューサーやソングライターたちは、ティーンエイジャーの女の子にチャンスを与えることなく、マックスがスタジオに向かっても、デモすら戻ってこないような、怪しいビジネスの誘いばかりだった。「音楽業界の人々はきっと、家族が周りにいるのが気に食わなかったのね。そんな状況だと、14歳のアーティストをコントロールすることができないから」と、マックスは当時を振り返る。「たった14歳で、自分自身が何者かなんてわからないわ」

ほどなくして一家はサウスカロライナ州へと引っ越す。そしてマックスは、LAで始めたソングライティングに集中し始めた。彼女は兄弟を始めとする、自身の周りの人間との関係性を見つめ、それを元に曲を書いた。そして17歳になると、再びロサンゼルスへ戻ったマックスは、そこにあるハードルに対して自信を持つようになっていた。

「スウィート・バット・サイコ」が世に出されたのち、マックスはアンセミックな新曲「ソー・アム・アイ」をリリース。同曲はヨーロッパ各国でトップ10入りを果たした。彼女の1stアルバムは、マックスの語ることによると「ほとんど終わっている」とのことだが、引き続き、彼女が可能性を感じていると言う、2000年代中盤のポップサウンドを回帰させるべく制作に取り掛かるそうだ。

「あらゆるポップの要素を詰め込んだ、と言うわけではないの」と彼女は語る。「多分、流行は繰り返すと思うわ。私の音楽だけではなく、ね。私はポップガールズに目がないの。そう言ったジャンルの音楽が、さらに増えるべきだと思っているわ」

Translated by Leyna Shibuya

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